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学内の男子トイレで手を洗ったまま、三園の動きは止まっていた。
外で八嶋が待っているのだから早く出ないといけない。
それは分かっているが、八嶋は千田のアパートに向かう気満々だ。
それを揚々と受け入れるほど、三園は楽天的ではなかった。
「あ…勿体ねぇ」
ザーザーと流れ続けていた水を止め、ハァ…と溜め息を溢した。
何だか最近は溜め息ばかり吐いている気がする。
それもこれも全てあの男のせいだ。
『心配なら様子見に行きなよ』
八嶋の言葉が頭を過る。
これは心配しなのか?
分からない。
この気持ちが何なのか。
苛立つのが何故なのか。
分かるのは、千田に生活も感情も乱されっぱなしだということだけだ。
眼の前の鏡に映る己の姿を見つめ、肩に手を伸ばした。
『それが消えるまで、ここには来ないで』
噛み跡を残された左肩をギュッと握る。
あの日、帰ってから確認すればかなりクッキリと残っていたそれ。
『は?来ねぇし。』
あの時はそう思っていた。
寧ろ何故千田は自分がアパートを訪れるかもしれないと思ったのか、それが理解出来なかった。
シャツのボタンを外し、鏡で肩を確認する。
左肩に残っていた噛み跡はもう消えている。
約束を守っていた訳では無いが、結果的に痕が消えた今、こうして千田のアパートに向かおうとしていることに三園は苦笑した。
ピンポン…
「「……………」」
八嶋がアパートのチャイムを鳴らすのを見つめる。
千田が出てきてその姿を確認したら速攻で帰ろう。
ぶっ倒れて無いか、それだけの確認だ。
まるで言い訳のように心の中で呟く。
だいたい、出てこられても何を話すと言うのか。
千田が歓迎するとも思えない。
ピンポン、ピンポン…
「…いないのかな?」
繰り返し鳴らすが何の反応もないことに、八嶋が首を傾げた。
「買い物かな?」
「知らねぇよ。もう良いだろ?帰ろうぜ。」
「ちょっと、タク…!」
そう言うと三園はさっさと踵を返し、アパートの階段を降りていく。
内心、千田が出てこなくてホッとしたような…それでいてスッキリしない気持ちのまま下まで降りれば、共用のゴミステーションが目に入った。
「……は?」
そこに捨てられている物を見て、思わず目を疑った。
本や食器、調理器具、他にも生活用品が大量に綺麗に分別されて捨てられている。
空き瓶の中には酒瓶も何本か捨てられていて。
それらを確認した途端、三園は降りてきた階段を駆け上った。
「え、どうしたの?」
突然の三園の行動に、八嶋が慌てて付いてくる。
掛けられる声に答えることなく千田の部屋の前まで走ると、三園は扉を叩いた。
ダンダンダンダン…!
「おい!千田!!いねぇのか!?」
扉を叩きながら大声を上げる。
ダンダンダンダン…!
「千田!!」
繰り返し扉を叩くが、やはり中からは何の反応もない。
「ちょっと、タク止めろって!急にどうしたのさ!?」
背後から八嶋が肩を掴んだ。
のほほんとした八嶋にしては珍しく厳しい口調で制止してくる。
それに応えようとしたところで、ガチャ…と扉が開く音が聞こえた。
「あの…」
弱々しい声。
振り向けば、隣の部屋の住人が扉を開き三園達を覗いていた。
「えっと…その部屋の人、もう居ません」
「え…?」
「…………………」
八嶋が小さく呟く。
三園は黙ったまま、男の言葉の続きを待った。
「先日、引っ越されましたよ」
オドオドと告げられた言葉に、三園は舌打ちした。
ゴミステーションに捨てられていた物。
それらは全て千田の部屋にあった物だった。
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