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第20話 告白編15
「雪先生、こっち向いて~♪」
「はいはい」
放課後、いきなり教室に押しかけてきた虎に言われて俺は多少ひきつりながらもカメラの方へと顔を向ける。
だんだんとこの非日常的な環境に慣れてくるのが嫌だ。
「土方先生、お疲れ様」
「あ……オキ、お疲れ」
その言葉にオキはおやっとした顔をした。
教室で俺が愛称で呼んだことに違和感があったのだろう。
確かにね、いつもなら校内では「沖田先生」って呼ぶように気をつけてるし……でも、今の俺の頭の中はグチャグチャでそこまで気が回らないよ。
「だいぶお疲れのようですねぇ」
そう言いながら、学園祭の打ち合わせをするフリをしながら、オキが俺の隣へと座った。
「まあ、原因は……聞かなくてもわかるよね。俺達でしょ?」
「…………」
手元の資料を見ながら虎に聞こえないように小声でオキが聞いてくるのに対して、俺は無言で肯定してしまった。
「……やっぱり、知ってたんだ」
「当たり前でしょう。あのおじさんが勝手に人の気持ちを代弁して告白したあげく、抜け駆けまでして雪ちゃんにキスしたんだから」
「なっ……!」
そこまでオキが知っていたことにも驚いたが、それ以上に教室でそんな発言をすることに驚く。
なのに、オキは気にした様子もなく、俺達の写真を撮っている虎に向かってピースなんかしている。
「……俺にどうしろって言うんだよ」
「俺と付き合えばいいじゃん」
意外な返答に俺は驚いてオキの顔を見つめてしまった。すると、オキが小さく笑う。
「冗談だよ。そんな答えが欲しいわけじゃないでしょう? 雪ちゃんは雪ちゃんのままでいいの」
「それって……」
「オッキ~!」
俺が聞き返そうとした瞬間、教室の入り口から誰かの大声で遮られた。
「おお、北斗。どうした?」
現れたのは、春樹のクラスの生徒で武井北斗。オキファンだということを公言していて、今回は虎同様、自ら志願してオキのカメラマンを務めている。
「今日は軽音部に行くって言ってただろ?」
「虎ちゃん捜してて、雪先生のところやろうと思たからオッキー捜しててん……」
オキからの問いに武井の答えは噛み合っていないような気もするが、要は俺の所に来ているであろう虎を見つけるために、俺の居場所を知っていそうなオキの元へと来た……と。
「いい加減、虎ちゃんも軽音部に行かへんと南朋くんキレてまうで」
その武井の言葉に、俺は虎が軽音部だということを思い出した。
そうだよ、最近俺の周りばっかりついて回ってたけど、部活サボってたのか。
「虎、お前も学園祭に部活でも参加するんだろ? だったらみんなに迷惑はかけちゃ駄目だぞ」
教師の立場からそう注意すると、虎が項垂れる。
その姿がまるで飼い主に叱られたペットのようで、ついつい俺は慰めてしまう。
「その代わり、ちゃんと頑張れば練習見に行ってやるから」
「ほんま?」
「サボらないことが条件な」
俺の言葉に虎は急に背筋を伸ばすと元気よく返事をした。
「はい!」
そして、急いで荷物をまとめだす。
その虎の姿を眺めながら武井が俺達へと聞いてくる。
「そういえば……山先生、最近何かあったん? メールしても返信ないんやけど」
なんで生徒のくせに陽愛くんのアドレスを知ってるんだ……と俺が複雑な思いでいると、オキが聞き返す。
「それっていつ頃?」
「ん~、今週に入ってからかなぁ。先週までは短くても返事きてたんやけど」
今週……あの告白事件があってからだ。
そのことにオキも気づいたらしく、何かを考えるように口を開いた。
「あ~……きっと登山の準備で忙しいんだろ。今週末に計画たててたみたいだし」
あげくには、そんな言い訳までしだしたが……まあ、本当のことなんて言えないし、武井ならそれで納得してくれるだろう。
「そっか……美術部の方もあるしね」
「だから、しばらくは放っておいてやって」
オキに頼まれ、武井が照れたように頷く。
何で……オキといい陽愛くんといい、自分のクラス以外の生徒と仲がいいんだろう。
「タケ、お待たせ~!」
ちょうど、荷物を手にした虎が声をかけてくる。
「ほな、行こか」
そう言って二人で教室を出ていくのをオキと見送っていると、入り口で虎が振り返った。
「雪先生、オキ先生!」
「ん?」
カメラを構えていた虎に、咄嗟にオキと二人でカメラポーズを決めてしまった。
「ツーショットいただきました♪」
そして、シャッターを切った虎はそう言うと武井とともに去って行った。
「山ちゃんもなにげに気にしてるんだよね、雪ちゃんに告白しちゃったこと」
二人っきりになってから告げられたその言葉に黙っていると、オキが話を続ける。
「ハルと涼くんもちょっと変でしょ? 前だったら、雪ちゃんが景虎と話してたってあからさまなヤキモチ妬かなかったのに」
「……なんで、急に?」
俺はオキにそう問いかけてしまった。
それが陽愛くんの告白のせいもあるんだろうか。
その問いには意外な答えが返ってきた。
「みんな心配なんだよ。雪ちゃんに本気の好きって知られちゃって、俺達と距離を置かれたらどうしようって……だから、生徒と仲良くしている雪ちゃんをみると不安で仕方ない」
「なっ……それを言うなら、陽愛くんやオキだってそうだろ。春樹と涼介だって女子に人気あるし」
驚いて本音を零してしまった俺に、オキは小さく笑いながら聞き返してきた。
「それって、ヤキモチってとっていいのかな?」
そう聞かれて俺は答えに詰まる。
確かにモヤモヤとする感情はあるけれど、それがオキの言うヤキモチかなんてわからない。
だって、俺にとってはみんなは仲のよい同僚で仲間だと思っていた。
それをいきなり恋愛対象として見ろって言われても。しかも男同士なんて……ハードル高すぎだろ。
「……俺、よくわからないよ。今のこの気持ちがなんなのか。みんなが求めている答えはすぐには出せない……」
俺がポツポツと呟くと、オキが慰めてくれるかのように俺の頭を撫でてきた。
「雪ちゃん……俺達のこと嫌いになった?」
「嫌いになれるくらいなら、こんなに悩まない」
俺の答えにオキはうっとおしい前髪をかきあげて、俺の好きな可愛い笑顔で言った。
「そっか。今はその答えだけで十分だよ。だから、みんなにも直接、そう伝えてあげて。きっと安心すると思うから」
そんな都合のいい話があるかと思ったが、後日、オキに言われた通りみんなに同じことを伝えると、一様に安堵の表情を見せ今までのぎこちなさが一変した。
そのことに俺もホッとすると同時に、いつまでも答えを先送りにするわけにもいかないと覚悟する。
だけど、学園祭の準備を言い訳にみんなの気持ちに甘えて何事もなく過ごしていたある日、その事件は起こったのだった。
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