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近衛隊長の処女懐胎

「……は、はは。今、なんと言いましたか」 人は理解を超えた事を言われると、呆けて笑いがこみ上げてくる。 だが、笑っている場合ではないし、目の前にいるのはへらへらと笑いながら会話のできる相手ではない。 夕日を透かした豪奢なステンドグラスからは、七色の光が差し込んで、室内をきらびやかに染めていた。 その彩色の後光を背負って立っている男は、純白の法衣を身につけていた。白は、最高位の神官の証だ。そして、金糸のような彼の髪と同じ色に輝く、黄金の冠。 神に仕える偉大なる王。 「もう一度言う。バシリー……バシリー・ヴァルター。私の親愛なる友人、私の近衛隊長よ」 「は、はい陛下」 「バシリーは……その……えーっと……妊娠している」 今度こそ。 バシリーは、その場に尻餅をついて大笑いをした。 厳格で、冗談など絶対に言わない主人(あるじ)に突きつけられた現実は、あまりに唐突で、滑稽で、受けいれ難いものだった。 もう笑うしかない。 頰を痙攣らせて笑いながら、硬い腹筋を抑える。 この腹の中に、いるのだ。 この国で『神』と崇められているものの子が。 ※※※※※ ファーテリス神聖国という国は、大陸諸国の中でも最も面積は小さい。 だが、この国は大陸で最も重要かつ、特別な国だ。 このファーテリスには、神が住んでいる。 バシリーは神殿の一番奥、神の寝所を訪れていた。隣には、主君である国王ギルベルト・ファーテリアスがいる。 緊張した面持ちで、ギルベルトは祭壇の前でひざまづいた。 「……偉大なる父上。我が弟を、どうか無事にこの世に送り出してください」 安産祈願の祈りを捧げるギルベルトを見下ろして、バシリーは急激に膨らみつつある自分の腹を撫でる。 そう。この国には神が居る。 偶像ではない。祭壇の奥に、確かに存在しているのだ。 その神は何十年かに一度、国民から無作為に一人選び、その腹に我が子を宿す。男女も年齢も処女非処女も関係なしにだ。実際、ギルベルトの母は70を過ぎた老婆だったという。 産まれた神の子が成長して、やがて次の王となる。 そうして代々神の子に治められているこの国は、大陸の信仰の中心だった。 「陛下。神の子は必ず安産と決まってるんでしょう。祈願が必要ですか?」 「それはそうだが……我が友人が我が弟を出産するのに、何もせずにはいられないのだ」 神の子らしいその美貌をくしゃりと崩して、ギルベルトは無邪気な笑顔を浮かべた。齢30になるギルベルトだが、表情は少年のころから変わらない。 祈りを終え立ち上がったギルベルトは、大事そうにバシリーの腹に触れてくる。くすぐったいが、されるがままにした。 鉄のように硬くてくっきりと割れていた腹筋は、たったひと月で臨月のような丸く膨らんだ腹になった。 体の変化に心が追いつかない。 この腹では、近衛隊長としての役目は果たせない。剣一筋に生きてきたバシリーには、耐えがたい屈辱だった。 そもそも、男のバシリーには母親になる自信などない。 「バシリーが選ばれて良かった。私はとても嬉しいのだ。出産も育児も、私が手伝うから安心してくれバシリー。ああ、弟に会えるのが楽しみだ」 だが、無邪気な主人は目を輝かせてこんなことを言う。 バシリーはギルベルトが幼い時から、近衛兵として彼に仕えてきた。七歳年下のギルベルトは弟のようであり、幼馴染でもあり、尊敬すべき主君だ。 彼の盾として生きると誓ったバシリーには、この主君がガッカリするような事は言えなかった。 「俺も楽しみです。陛下に似た子だといいですね」 そう、いつもの笑顔で言った。 今までずっと、この主人の前では『頼り甲斐のあるしっかりものの兄』を演じてきたのだ。 不安気な顔など、見せたくはない。 「いや、バシリーに似た、黒髪の精悍な顔立ちの男の子がいい。目も、バシリーと同じ青だと、より嬉しいのだが」 自分の野生的な顔立ちは嫌いではないが、神聖国の王というならギルベルトのような正統派な美形の方が良いだろう。バシリーはそう思っていた。 (しかし、なんだろうな、この会話……出産前の若夫婦みたいじゃないか) そんな事が頭をよぎると、なんだか妙な気分になった。浮き足立つような、頭がぼうっとするような。 だが、その感覚が何なのかは、良くは分からない。 だから、気にせず蓋をしておくことにした。 ※※※※※ 受胎告知から二カ月。 ついにその日がやってきた。 「うっ、うぎゃああ安産じゃねぇのか!?安産じゃねーのかあああ!!」 「はいはい。安産だよ。すごく順調に子宮口開いてるよ」 「嘘だろイッテぇぇぇ!!」 「だ、大丈夫かバシリー!私が付いているぞ!」 「いらねぇぇでてけぇぇぇ!!」 「えっ……」 激しい痛みに思わず素に戻って喚き散らすバシリーの手を握り、ギルベルトは真っ青な顔で硬直していた。 だが、出て行くつもりはないらしい。取り乱す姿を見られたくないので、本当にさっさと出て行って欲しい。 「順調だよ!もう出てきそう。さすが神の子だねー」 産婆はしきりに順調だと言うが、バシリーは腰が砕け散りそうな激痛に、今にも意識を失いそうだった。 神の子でこれなら、人の子を産む女性達はなんて我慢強いのだ。 「はーい、強い陣痛が来たらいきんでねー」 「ふう!ぬぅ、うううう!」 産婆の指示に従い、痛みの波が強くなった瞬間に、下腹部に力を込める。脂汗が飛び散り、食いしばった歯は欠けそうだった。 しかし、一瞬の激痛のあと、驚くほどスポンとその痛みが消えた。 ぱかりと開いたバシリーの足の間から、大きな白い繭のようなものが飛び出してきて、産婆の手に受け止められる。 「はあ、はー、はー、えっ、お、終わった?」 「ああ、終わったとも!私の弟は無事に産まれたのだ、ああ、バシリー、ありがとう!」 終わってしまえばあまりに呆気ない出産に、バシリーは目を白黒させる。自分の尻から飛び出してきた繭の中に神の子がいるなんて、信じられないくらいだった。 放心しているバシリーの隣で、ギルベルトは感極まったようにポロポロ泣きながら、バシリーの頭をしきりに撫でている。 産婆が繭を解くと、中からは金色の髪を持つ赤ん坊が出てきて、ふびぇー!と産声をあげた。 その声を聞いてようやく、本当に子を産んでしまったのだと実感する。 まだ涙は出ない赤ん坊の目がうっすらと開く。ちらっと覗いた瞳は、バシリーと同じ青色をしていた。 「……ああ、なんて愛おしい……見てくれバシリー……世界一可愛らしい赤ん坊だ」 産婆から赤ん坊を受け取り、ギルベルトはうっとりと呟いた。慈愛に満ちた微笑みを浮かべて赤ん坊を抱くギルベルトは、兄というより父のようだ。ギルベルトの腕の中の赤ん坊は、ふえふえ泣きながら、白くて小さな手をにぎにぎさせている。 その姿を見ていると、何故か胸がキュンとする。胸といっても心臓の部分ではない。両乳首のあたりだ。 神の子を産んだ男は母乳も出るようになるというが……。 バシリーは疲労と困惑で、言葉を失っていた。 産後の処置を終えると、王宮に用意されたバシリーの部屋へと担架で運ばれた。 今日からは、バシリーは王族の一員だ。なにせ、次期国王の母なのだから。 やたらと広い部屋の真ん中に置かれた、巨大な天蓋付きの寝台には、なぜか枕が二つ並べてある。 そこに横になって、隣に置かれた赤ん坊用の寝台をぼんやりと眺めた。 中には、まるで綿雲のようにふかふかした赤ん坊が眠っている。 「……母親、か……」 将来父になる想像は出来ていたが、まさか母になってしまうとは。 ギルベルトに似た髪の色と顔立ちを見ていると、少年の頃の彼の姿を思い出す。 ギルベルトの母上は、ギルベルトが生まれてすぐに老衰で亡くなられた。70歳はこの国でもかなり珍しいくらいの高齢だったから、仕方ないだろう。 寂しがり屋のギルベルトの為にと、先王様はバシリー含め数人の少年を近衛兵としてギルベルトの側に置いた。結局、人見知りだったギルベルトはバシリー以外とはあまり打ち解けず……いつも二人で一緒に居たように思う。 「……まあ、ギルベルト様似の赤ん坊なら……可愛いがれるかな……」 自分に言い聞かせるように、そう呟いてみた。 正直母性などはまだ湧かないし、今こうして寝顔を見ていても、愛おしさより困惑が強い。 だが幼馴染の顔と自分の瞳を受け継いで産まれてきたこの子なら、やがて愛する事ができるはず。 赤ん坊の寝顔を見ていると、バシリーも眠たくなってきた。 疲れきった体を寝台に沈み込ませると、目を瞑る。 「バシリー、起きているか?」 しかし眠りに落ちる前に、控えめに扉を叩く音と共に、ギルベルトが声を掛けてきた。 今はあまり人に会いたい気分ではない。主君にたいして不敬だとは思うが、毛布に潜り寝たふりをする事にした。 返事をせずにいれば、また後ほど改めてくれるだろうと思っていたら、なんとギルベルトはそうっと扉を開けて中に入ってきた。 ギョッとしたが、そのまま寝たふりを続ける。 赤ん坊の寝ている寝台の方へと足音が近づいていく。足音が止まると、ほうっと小さなため息が聞こえた。そして、クスクスと笑う声。 どうやらギルベルトは、弟の顔を見にきたようだと納得する。よほど、弟ができたのが嬉しいのだろう。 しかし。それだけではなかった。 続いて衣擦れの音が聞こえ、ギシっと寝台が軋む。すぐそばにギルベルトの気配を感じたバシリーは、驚きのあまり飛び起きた。 「んな、な!?」 「あ。すまない……起こしてしまったか」 寝間着に着替えたギルベルトが、ニコニコしながら隣に寝転がっていた。 飛び出しかけた罵声を飲み込む。一体、この主人はなんのつもりなのか。いくら王と言えど、他人の寝室に乱入してくるなんて、非常識極まり無い。 「……何故、陛下がここに?」 「何故とは……」 「ここは俺と、赤ん坊の部屋でしょう」 「ああ。そして、私の寝室でもある」 付き合いは長いが、同じ部屋で寝た事など今まで一度もなかった。幼馴染とはいえ、主従として節度を持って接してきたのだ。 それなのに、ギルベルトは至極当然という顔でそういうと、懐から何かの紙切れを取り出した。 「ところで、名前をいくつか考えてきたのだ」 「は、……な、名前」 「レオンハルトか、バシリウスなんてどうだろか」 紙切れにはみっしりと名前が書かれていて、いくつかには丸印を付けてある。 名前。確かに名前は早く決めてあげなくては。 だが今は、弟可愛さに頭のネジがぶっ飛んでしまった主君をどうやって部屋から追い出すかしか考えられない。 「……陛下の、好きに、決めてください」 なんとかそう絞り出したと同時に、ふみゃあ、と赤ん坊が泣き始めた。 慌てて寝台から降りようとしたが、ギルベルトはやんわりとバシリーを止め、自ら弟の様子を見に行ってくれた。正直動くのは辛いので、ありがたくはあった。 「ああ、おしめ……では、無いようだ」 ギルベルトがぎこちない手つきで赤ん坊のおしめを取り替えるが、赤ん坊は泣き止まない。真っ赤な顔で泣く赤ん坊を抱き上げて、困った顔でバシリーのところまで連れてきた。 ぷぇぷぇと泣く赤ん坊を受け取り膝に乗せると、胸がじくじく疼きはじめる。 そして……寝間着の胸元に、じわりとシミができた。 「ひっ」 「おお、よかった!母乳はもう出るのだな」 母乳が出るという事は。 自分の乳を吸わせなければならないという事だ。 バシリーは軽く目眩がした。男のバシリーは、今まで乳首を他人に吸わせるなんて経験をしたことは無い。考えたこともなかったのに。 さらに、期待に満ちた表情でこちらを見ている主君のせいで、より一層頭が痛くなる。 「陛下。子に……ち、乳をやりますから。部屋から出ていてください」 「な、何故だ?」 不思議そうに首を傾げるギルベルトを見て、バシリーはため息をついた。殴って部屋から追い出せる相手なら、とっくにそうしている。 しかし、バシリーにはこの主人を傷付ける事は出来ないのだ。 諦めて、寝間着の前をはだけさせる。逞しく隆起した胸板には、薄茶色の乳首がツンと突起していた。そこから、白い液がじわじわと溢れてしたたっている。 赤ん坊を大事に抱いて、口元に乳首を持っていく。すると、赤ん坊はちゃんと乳首に食いついてきた。教えられなくても、母の胸は自分のごはんだと知っているのだ。 「い、痛」 女のような乳首ではないし、慣れない授乳だからか少し痛みがある。 だが、赤ん坊が必死に吸い付く姿を見ていると、痛みは我慢できそうだった。 ふと、ギルベルトの方へと視線を移す。 てっきりニコニコ微笑ましげにしていると思ったが、違った。 ギルベルトは、ほのかに頬を赤らめ……揺れる目でバシリーを見ている。 ギョッとして、赤ん坊を抱いたままギルベルトに背を向けた。 その瞳には明らかに、慈愛以外のものがあったからだ。 「陛下……やはり、同じ部屋で寝起きするのは、遠慮してはいただけませんか」 そう遠回しに拒絶してみる。 心臓がどんどんと跳ねていた。 この年下の主君を、今まで散々甘やかしてきた。彼の望みを断った事など一度もない。 だが、それでも、バシリーには受け入れがたかったのだ。 「私は……私の弟と、その母であるバシリーにできる限りの事をしたいし、側で見守っていたいのだ。バシリー、頼む……」 熱い手が、背中に触れた。 その手の優しさに、バシリーは唇を噛む。 今の状況は、バシリーにとって不本意極まりない。 男の身で母になってしまい、今までの経歴も努力も全て奪われた。 さらに、ずっと側で見守ってきた主君に……こうして、女扱いされる羽目になっている。 全ては腕の中の赤ん坊のせいだと、恨みそうにすらなる。 だが、こんなにも頼りない手で、こんなにも柔らかい体で、必死にすがってくる赤ん坊に憎しみなんて向けられる訳がない。 どこにも行き場の無い怒りと悲しみが、バシリーの臓腑を焼いていた。 ※※※※※ 赤ん坊の成長とは、めまぐるしいものだ。 初めて寝返りをうったと、政務から戻ったギルベルトに報告して、二人で小躍りしたのがつい昨日のようなのに。 生後八カ月になった今は、部屋の中をハイハイで這いずり回り、おしめを変えるのも一苦労だ。 「ぷぁぷぁー!」 「待て!レオンハルト!まだおしめつけてないだろ!」 神の子だからか、それとも赤ん坊とはこんなものなのか。レオンハルトは恐ろしく活発で、面倒を見ているだけで毎日ヘトヘトだ。 王宮の庭で侍女と遊ばせたり、お昼寝の時間くらいしか、バシリーがゆっくり休む時間はなかった。 「ほら捕まえたぞっ」 「ぷきゃっ」 寝台の下に潜り込もうとする愛息子を捕まえて、抱きかかえて脇をくすぐる。 金の巻き毛を揺らして、愛らしい笑い声をあげる息子の姿に、バシリーは自然と笑みがこぼれた。 息子の笑顔を見ている瞬間だけは、育児の疲れも、かつて近衛隊長だった自分の事も、忘れていられる。 暴れるレオンハルトをなんとか押さえ込み、おしめを履かせていると、トントンと扉を叩く音がした。 「ただいまバシリー」 返事を待たずに、ギルベルトが扉を開ける。もはやギルベルトがこの部屋に入るのに、バシリーの許可を得る必要は無いのだ。 「ギルベルト様、ちょうどよかった。レオに着替えをさせたいので手伝ってください」 お着替えが嫌いなレオは、服を脱がせるのも着せるのも一苦労だ。少し油断するとハイハイで逃亡する。 「ああ、わかった。さあレオ観念しなさい」 「ぷぎゃあ!うー!うー!」 嫌がるレオを二人がかりで寝間着に着替えさせ、不機嫌になったレオに乳を吸わせてご機嫌をとる。 吸われ慣れて、すっかりふっくらと膨らんでしまった乳首と乳輪は、まさしく母親のものに変わっていた。 初めは、ギルベルトが部屋に居る時に授乳をするのは、嫌で仕方なかった。あの濡れた目で見られるのが、耐え難かったのだ。 だが、今はもう慣れた。 むしろ、授乳の間にレオの脱いだ服や散らかしたおもちゃを片付けてくれているから、助かるくらいだ。 乳首を咥えたまま寝てしまったレオを寝台に寝かせている間に、気を利かせたギルベルトが侍女に言って薬草茶(ハーブティ)を準備してくれた。 はちみつを入れたこの甘い薬草茶は、乳の出を良くしてくれるそうだ。香りも良くて、一服するにはちょうどいい。 「ありがとうございます、陛下」 「なに、私にはこれくらいしかできないからな」 同じお茶を飲みながら、ギルベルトは柔らかく微笑んでいる。 今はこうして二人でゆっくりお茶を飲むゆとりがあるが、ほんの数ヶ月前はこうではなかった。 産後は精神が不安定になるというが、バシリーも夜中に突然涙が止まらなくなったり、今までの自分と現在の自分の落差に耐えられなくなり、立ち上がれないほど打ちのめされる時があった。 そして、そんな弱った姿をギルベルトに見られる事が、なによりも辛かった。 だが、結局は……一番支えになってくれたのも、ギルベルトなのだ。 「……そろそろ、いいのではないですか?」 「なにがだ?バシリー」 「とぼけなくても結構です。ギルベルト様。夜伽の事ですよ」. そう切り出すと、ギルベルトは目を丸くした。 そして、真っ赤になって俯いてしまう。 バシリーの事を熱のこもった目で見ているのは、はじめから気づいていた。 授乳に立ち会った後、ふらりと姿を消してしょぼくれて帰ってきた事も何度もある。こっそり自分で抜いてきたのだろう。 もうずっと同じ部屋で寝起きしているのだ。夜伽ぐらい、今更だ。 「ば、バシリー……私は確かに……バシリーによからぬ……だが、夜伽など」 「初めからそのつもりだったでしょう。何を今更」 「違う、そうではない」 そう言うと、ギルベルトはまっすぐにバシリーの目を見つめてきた。 そして、すっかり柔らかくなってしまったバシリーの手を、そっと握ってくる。 暖かい手が、慈しむように手の甲を撫でた。 「バシリー。告白しよう……私は、幼い頃からバシリーが好きだった」 真剣に囁かれた言葉に、脳髄を叩き割られたような衝撃を受けた。 幼い頃から。あのあどけない少年の頃から、ギルベルトが自分に恋をしていた。 全く気が付いていなかった自分が腹立たしくもあるし、主人が自分のせいで道を踏み外したのかと思うと頭痛のあまり目眩すらした。 「だから、私は、ずっと父上にお願いしていたのだ。我が弟を宿すのは絶対バシリーにしてくれと」 さらに、続けられた言葉に、バシリーは石のように固まってしまった。 父上にお願いした? 「私は、バシリーに、私の弟の母になって欲しかったのだ。どうしても……」 バシリーの驚愕に気が付いたのか、ギルベルトは悲しげに顔を歪めた。まるで許しを請うように、バシリーの手の甲に額を押し付け、俯いてしまう。 「すまないバシリー、すまない。剣の道を歩んできたバシリーには、辛かったと思う。浅はかだった私を許してくれ。だが、私は今でも、バシリーで良かったと、バシリーだからこそ我が弟も私も幸福なのだと、信じている」 震える声で懺悔されて、バシリーはだんだんとある疑問が湧いてきた。 怒りや困惑や、それ以外のどんな感情よりも、純粋に不思議で仕方なかった。 「……何故そんなにも、俺に神の子をと望まれたのですか」 バシリーの声が以外にも冷静だったからか、おずおずとギルベルトは顔を上げた。涙を溜めた瞳は、迷いなくバシリーを見つめている。 「神の子を産んだ後も、子宮は残るのだ。つまり、その……バシリーは人の子を、私の子を産める体になった」 自分の下腹部を押さえる。 神の子を孕む為に、作り変えられたこの身体。 それが、ギルベルトの真の目的だったのか。 「……跡継ぎにはできなくとも、女と結婚し子を作ることは自由なはずです。何故、そこまでして俺を」 「好きだからに決まっている!」 真っ赤な顔で椅子を蹴り立ち上がると、ギルベルトはバシリーに駆け寄り抱き締めてきた。 椅子に腰掛けたままのバシリーは、ギルベルトの胸に頭を抱き込められる格好になる。 ドンドンと早鐘のような鼓動が、鼓膜を、バシリーの胸を揺らした。 「私は、バシリー以外を娶りたくはないが、我が血を引く子は絶対に欲しかった。だから、バシリー、二人目は私の子を……レオの弟か妹を産んで、私の妻となって欲しい。夜伽などではなく、夫婦の営みとして……バシリーと……」 この主君の願いを、叶えなかった事などあっただろうか。 いつもいつも、甘やかしてしまうのは。バシリー自身も、ギルベルトが誰よりも大事だったからだ。 ギルベルトの跳ねる心臓の音を聞いて、バシリーはようやく自覚した。 そして、自分がどう振る舞うべきなのか、はっきりと理解した。 「……分かりました」 ギルベルトの頰にそっと手のひらを添わせる。 白く美しい顎を指先でたどると、ギルベルトはぞくりとした表情で目を細めた。 「今から俺たちは主従ではなく、夫婦ですね」 「ああ、バシリー!私を……!?」 心底嬉しそうな笑顔を浮かべるギルベルトに、バシリーも微笑みかけてやる。 そうしながら、頰を撫でていた手を振りかぶり……全力で平手をかました。 バチイイン!! 強烈な音と共に、ギルベルトが後ろにひっくりかえる。派手に尻餅をついた音に驚いて、寝台のレオが泣き出した。 頰を真っ赤にしたまま硬直するギルベルトを横目に、バシリーはレオを抱き上げ、優しく揺らしてあやす。 「おー、よちよち。泣くな泣くな、大丈夫だよ」 「あ、あ、ば、ばしり」 ギロリとギルベルトを睨むと、ヒュッと息を飲んで黙り込んだ。 さぞかし驚いただろう。まさか、バシリーに殴られるとは夢にも思わない筈だ。 「ギルベルト」 「は、え?え?」 「もう主従じゃなく夫婦なら、遠慮はいらねぇな。言っておくが、俺を妻にしたいなら尻に敷かれる覚悟を決めろよ」 その情け無い主人の股座に、つま先を伸ばす。 軽く踏み付けて捏ね回してやると、ギルベルトら子猫のような声を上げた。 「ま、待ってくれ、ば、バシリー」 「子供は産んでやってもいい。けどな……自分がしでかした事を考えれば、分かるだろ?もう優しいだけのバシリーじゃあねぇからな」 快楽と混乱、そして下克上の恐怖に体を震わせるギルベルトに、バシリーはいつもの笑顔を向ける。 「レオを寝かせておくから、今のうちに風呂行って尻の中まで綺麗にしてこい」 今までギルベルトに対して溜まっていた鬱憤を全部ぶつけてやるつもりでそう言うと、ギルベルトは真っ赤な顔のまま床に倒れこんだ。両手で顔を覆って、声にならない声を上げている。 そんなギルベルトを見ていると、愛しさと憎しみとがないまぜになった複雑な感情が湧いてくる。 もう、何もかも我慢する必要はないのだ。 その晩。 バシリーより先に処女を失う羽目になってようやく。 ギルベルトはバシリーの怒りの恐ろしさを思い知ったようだった。 ※※※※※ 育児とは、想像していたような甘く優しいだけのものではない。 愛しい弟、レオンハルトが生まれてからギルベルトはそう思い知った。 夫婦というものも、そうなのだろう。 「あぁ、バシリー、私はもう」 屹立し雫を垂らすギルベルトの性器を、バシリーのつま先がくりくりともて遊んでいる。はやくバシリーの中に入りたくて焦れているのに、愛しい妻はその望みを叶えてはくれない。 「ダメだ。まだレオの授乳中なんだから」 バシリーとの行為中、いざ挿入というところでレオが目を覚まし泣きだしてしまった。 もちろん、自身の欲望より可愛い弟が優先だ。だが、下半身の方はそう簡単に納得しない。 「あ、足では、イきたくない、バシリーの中でっ」 「はは。なら、我慢しろよ。いい子に我慢できたら……」 レオが吸い付いているのとは反対の、空いている乳首に、バシリーは指を這わせる。 ぷくりと膨れて赤く色付いた突起がぷるんと揺れて、白い露を溢した。 「ここも舐めさせてやるよ」 精悍な顔に妖艶な笑みを浮かべて、バシリーはギルベルトを挑発する。それだけで、達しそうだった。 すっかりバシリーに骨抜きにされて、なにもかも主導権を握られてしまった。 求婚した夜。ずっと抱きたいと焦がれていたバシリーに反対に抱かれ、散々快楽に泣かされてから、立場は完全に逆転したのだ。 今やバシリーが、ギルベルトの主人だ。 ギルベルトがバシリーを抱く事を許された今でも、こうして鳴かされ責められるのはギルベルトの方なのだ。 「ああっ、バシリー、欲しい、バシリーの」 「ふふ。可愛いなぁギルベルト。だけど、レオが寝るまでダメだ」 あの乳首に舌を這わせ、バシリーの顔が快楽に歪むところが、はやく見たい。その興奮で身体が震えるのを見て、バシリーは満足気にしている。 思っていた形とは掛け離れた力関係だが、二人目の子作りはしているし、レオンハルトの成長も順調だ。 結果的に幸せなら、ギルベルトはそれで十分満足だった。 バシリーを我が物にできた幸福感に酔いしれながら、ギルベルトはバシリーのつま先を精液で汚した。 完 『fujossy一の変態を目指します』

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