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第11話
許せないよ。
と、聞こえてきた声に春は時が止まった気がした。
なに、なんと秋志は言ったんだろう。
「男を知らなかったお前の身体を開いたのは俺で。後ろだけでイクのも覚えさせてやったのも俺なのに。俺の形を覚えさせるくらいに抱いてやったのに。さんざん仕込んだっていうのに」
ゆっくり、秋志が顔を上げた。
ぞっとするほど冷たい目が春を射抜く。
息をするのも忘れ春は言葉を失う。
「いくら目隠ししてたっていってもトキオに突っ込まれて、俺じゃないって気づきもせずにあっさりイクんだもんなぁ」
一歩、一歩、と秋志が近づき伸ばされていた春の手を叩き落した。
「お前」
見たことのない、知らない秋志。
「淫乱だったんだな?」
サイアクだよ。
と、秋志が冷たく吐き捨てた。
「……っあ」
理解が及ばないまま認識できないまま、春は絶望に涙をこぼした。
心臓が握りつぶされたかのように痛い。
自分の耳元で心臓の音が大きくなっているような気がする。
何を考えればいいのか、何を言えばいいのかわからない。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
ただひたすら涙が流れていく。
「まぁ、そう言うなよ。シュウ」
そんな張りつめた空気を壊すように響いたのは間延びしたトキオの声だった。
「俺とお前の違いなんてわかるやついねーだろ。一緒なんだしさぁ」
「いや違うだろ」
「一緒だよ。膨張率も一緒ー硬度も一緒ー。うぜぇくらいに同じだよなぁ」
おかしげに笑う声が響く。
「いや、硬さは俺の方が上だ」
秋志が眉を上げて反論するとトキオが口角を上げる。
「あ? 嘘つけ。だってお前の扱いてると自分のかと勘違いするぜ?」
「俺はしない」
「なに意地なってんだよ!」
ゲラゲラとトキオが笑いだし秋志は「事実だろ」と言いながらも冷ややかだった顔を崩し同じように笑いだした。
よく似た、顔で。
「しっかし笑いこらえるの大変だったぜ。おかしくて腹痛くてたまんねぇわ」
「確かにさっきのコイツの顔笑えたなぁ。俺に突っ込まれてヒィヒィ言ってんのもウケたし」
「それも笑えたがお前の気持ちワリィ声に笑えた」
「そりゃこっちの台詞だよ。俺が日ごろどんだけ耐えてると思ってんだ? お前みたいな最低野郎が王子様って呼ばれてんだぜ?」
「それは地だからな」
「ざっけんなっつーの。そーだ、シュウ。お前このまま突っ込むか?」
トキオの指が春と結合している部分をなぞり、その感触にびくりと春は震え我に返った。
何が起こっているのかわからない。
"トキオ"、"シュウ"、と呼び合っている二人は春が知っている二人と全く違う。
恨み、復讐? 嫌っている?
そんな言葉が当てはまらない空気が二人には漂っている。
「は? 無理だって言ったろ、この前。まだそこまで仕込んでねぇよ。いま突っ込んだらすぐ壊れる」
「いいじゃねぇかよ、別に」
「お前な、俺がどれだけ丁寧に仕込んだって思ってるんだ? もうちょっと待てって言ってるのにお前が急かすから」
「はいはい。しょーがねぇだろ。噂の春チャンを早く食いたかったんだからさ」
「風紀委員長と遊んでおけばいいだろ」
「あ? もうとっくに飽きた」
学園内で二人がそろっても間違うものはいない。
イメージが違うから。
まったく二人は正反対で、だがいまの、ここにいる二人は。
髪の色が違う。
だけど区別がつかない二人。
校内でふたりがそろっても見間違う生徒はいないだろう。
だが、いまは。
黒髪の、大好きな恋
「……っ……しゅう……」
人に春は力なく呼びかける。
それに気づいた秋志が春を見て笑った。
いつもの柔らかな笑顔じゃなく、それはトキオとまるで同じ笑みで。
「どうした、春? ああ、そうだ。俺お前に言い忘れてたことがあるんだった」
秋志の手が伸び春の頬に流れた涙を拭いとる。
「俺、養子なんだよ」
「……え……?」
「俺とトキオはガキのときに両親亡くしてそれで別々の家に養子に行った。だから」
「俺とシュウは別に仲たがいなんかしてねぇぜ?」
秋志の言葉を引き継ぐ"秋生 "。
「っ、え、あ」
「面白かっただろ? クソ退屈なこの学校で泥沼双子の猿芝居」
「なー。次はお前一位になれば?」
「ああ、そうだな。王子様の逆転劇、な? お前ちゃんと悔しそうな顔しろよ」
「とーぜん。で、どーする?」
「風紀の副委員長は?」
「あー俺のことすっげぇ睨んでるアイツな。委員長様をとられてよっぽど悔しかったみたいだな」
「硬派そうだから手強そうだが――」
「弱ってるふりして近づいて慰めてもらうか」
「そりゃあいい」
もう聴きたくなかった。
同じ笑い声がふたつ重なって春の心を引き裂いていく。
信じられない。
信じたくない。
春はただ呆然と秋志を見つめた。
ふと目が合う。
春が声なく、
――騙してたのか。
と問えば、秋志は微笑した。
それは春がいつも見ていた大好きな笑顔だ。
ほんの一瞬気が緩んだ瞬間、手が伸び髪がつかみ上げられた。
「ごめん、春。ヒマだった?」
容赦なく引っ張り上げられ痛みに引きつった声がこぼれる。
「心配しなくても、お前の大好きなものやるから。ほら――口開けて?」
噛んだらダメだよ?
優しく"つくられた"笑顔と声で言いながら秋志は取り出した自身を春の咥内に突っ込んだ。
「……ッぐ」
それを合図にしたようにトキオが再び動き出す。
力任せに律動するトキオと容赦なく喉奥まで突き刺す秋志。
苦しさに快感など一ミリも得ることはない。
「春。ちゃんと俺たちをイかせれたらお前の家族は見逃してやる。だからせいぜい頑張れよ?」
大好きな笑顔は醜く歪んで、これは現実なのだと突き付けてくる。
前と後ろから犯され苦しさに朦朧とする春の視界の端に、床に落ちたアイマスクが映った。
ああ――あのまま、あれをつけていたら。
涙腺が壊れたように頬が濡れてシーツにたくさんのシミをつくっていく。
ぐらぐらと身体を揺らす苦しさ。
壊れていく世界に耐え切れず春はきつく目を閉じた。
【堕ちて壊れて:END】
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