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パラレル番外編-魔法使いさんの恋人になってあげる

ふと目覚めると沼に浮かぶ睡蓮の葉の上にいた。 「あれ」 生まれはチューリップ、男の子だけど育ての親に女の子の格好をさせられて、親指姫として育った三里はキョトンした。 夜の真ん中だった。 ぽっかり浮かぶ満月に照らされた、広くて静かな沼のあちこちから「ゲコゲコ」とヒキガエルの鳴き声がしている。 薄くて繊細なネグリジェ姿に夜風は殊の外冷たく、三里は小さなクシャミを一つし、そばにちょこんと置かれていた眼鏡をかけた。 ここ、どこだろう。 おうちで寝ていたはずなのに、起きたら外なんて、変なの。 眠っている間に奥地の沼までヒキガエルに攫われてきた三里。 前下がりのストレート髪をサラサラ靡かせて辺りをきょろきょろ、特に取り乱す様子はなく、不思議そうに小首を傾げ、また睡蓮の葉に横になって、目を瞑った。 知らない場所だし、誰もいないみたいだけど、大丈夫。 きっとあの人が見つけてくれる。 「三里」 それまで誰もいなかったはずなのに、すぐそばで呼び声がし、三里は目を開く。 もぞりと体を起こしてみれば自分がいる睡蓮の葉の隣に一隻の小舟が横付けされていた。 小舟には黒い外套を頭からすっぽりかぶった男が乗っていた。 口元だけが覗いていて顔立ちはわからない。 「魔法使いさん、やっぱり来てくれた」 そう。 彼は育ての親に三里を授けた魔法使いだった。 チューリップに三里が宿ってからというもの、何かと気にかけ、遠目から見守っていた。 しかし決して距離を縮めようとはせずに、話しかけることもなく、いつも外套で顔を隠して目を合わせようともしなかった。 「僕のこと初めて呼んでくれた」 自分の創造主であることを自ずと悟っていた三里の言葉を無視し、彼は、小舟から両手を差し出した。 「お邪魔します」とご丁寧に告げて三里は魔法使いの両手にヨイショと移動した。 とても居心地がよかった。 育ての親よりも、花弁のベッドよりも、ふかふかな落ち葉の吹き溜まりよりも、とろとろと安心できた。 「……寝るな」 小舟の上に下ろされてしまい、残念に思いつつ、三里は魔法使いにお願いしてみる。 「魔法使いさん、お顔を見せてください」 網もオールもないがらんどうな小舟の上に二人きり。 ちゃぷん、ちゃぷん、たまに魚の跳ねる音が静けさを優しく乱していった。 「ずっと気になってました。お願い。一度でいいから」 それはそれは小さな三里のお願いに魔法使いは短いため息をつく。 遠慮なく注がれる視線の先で外套に手をかけ、煌々とした月明かりの中、その顔を露にした。 「……」 これが、僕をつくった、魔法使いさんの顔。 お隣さんの飼い猫に襲われそうになったとき、強い風に吹き飛ばされそうになったとき、お隣さんのこどもが乗った三輪車に轢かれそうになったとき。 いつも優しい魔法で助けてくれたひと……。 「あれ?」 初めて目の当たりにした魔法使いの素顔を見つめていた三里は、唐突に無視できない強烈な違和感を抱き、首を傾げた。 三里の真正面で魔法使いもちょっと驚いたような顔をしている。 瞬きよりも短い一瞬のことだった。 親指姫の三里は大きくなっていた。 お人形サイズの服はもちろんビリビリに、眼鏡も吹っ飛んで、素っ裸になって魔法使いの前に座り込んでいた。 やっと顔を見ることができたと思ったら、急におっきくなってしまい、眼鏡がなくなって視界がぼやけ、三里は小首を傾げっぱなしだ。 阿南は自分の外套で三里を包み込んだ。 外套と同じく黒い服の懐から通常サイズの眼鏡をにゅっと取り出し、三里の顔にかけてやった。 「僕、大きくなったの?」 「……そうだな」 「どうして?」 阿南が月を見上げたので三里もつられて月を見上げた。 「誰かと相思相愛になったら小さな体が大きくなるよう魔法をかけておいた」 三里は魔法使いを見た。 魔法使いは月を見上げたまんまだ。 「魔法使いさん、僕のこと愛してるの?」 「……」 「僕、魔法使いさんのこと、愛してるの?」 「……お前の感情はお前にしかわからない、みなまで聞くな、三里」 魔法使いの阿南は相変わらず月に視線を据えて淡々と言う。 睡蓮の花すら眠る沼の上。 外套に包まり、隅から隅まで滑らかな肌に阿南の温もりを感じて、三里の心はとろとろになる。 親指姫サイズよりも遥かに大きくなりはしたが、華奢な骨組みをした自分よりも逞しい体つきをした阿南の懐に潜り込んだ。 「うん、僕、魔法使いさんのこと愛してます」 阿南は口を開き、何か言いかけ、また口を閉じた。 自分の懐でうとうとしている三里を見、滑々した頬に無口になりがちな唇をそっと寄り添わせた。 しょうがない、魔法使いの阿南はそういう性格なのだ。

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