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狂い咲きの華

※オメガバースパロ。 伊沢の体質が、ちょっと特殊な設定です。 *――☆--:*――☆--:*――☆--:*――☆--: 「なぁ…お前、違うって言ったよな…? 俺はオメガじゃないって…お前、言ったよな!?」  わざわざ昼間に俺の大学まで来て、胸元に掴みかかる伊沢くんはまさに顔面蒼白だ。 「なぁ、言ったよな!?」 「うん、言ったね。どうしたの、そんなに慌てて」  意味が分からないと首を傾げれば、伊沢くんは顔を大きく歪めた。 「だったらどうして…どうして俺、」 「なに、ほんとにどうしたの? 顔が真っ青だよ」 「俺……さっき病院で、躰がオメガになってるって言われたんだよ!」  俺を責めるように吊り上げたその瞳には、絶望の涙が浮かんでいた。  ◇  世の中には、ベータからある日突然オメガに変異する者がいる。  後天性のオメガは特殊で、元がベータである為に(つがい)を持つというオメガとしての本能が無く、番持ちのアルファにも感じ取れるほど濃密なフェロモンを出し誘いをかけることから、アルファの間では狂い咲きの華、【狂華(きょうか)】として知られていた。  存在は非常に希少であることから、誘拐され闇市で高額商品として売買されるなどの悍ましい被害が報告されている。 「…それ、ほんとなの!?」 「俺だって嘘だと思いてぇよ! でも、医者がっ、」 「伊沢くん…」  まるで子供の様に目の前で泣きじゃくる伊沢くんの手を握る。 「今すぐ俺の家に行こう。外は危険だから」 「でもお前、大学…単位…」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。俺は人生において、君ほど大切なものは他にないんだよ。向こうに車が置いてあるから一緒に来て。絶対に俺の手を離さないでね」 「清宮…」  前を歩く俺の後ろで、伊沢くんが手を引かれ歩きながらグスっと鼻をすすった。  普段は強気で憎まれ口しか叩かない彼が、こうして俺に縋って泣きべそをかく姿は、今すぐこの場でぐちゃぐちゃに犯してやりたいくらい可愛い。そう、可愛いのだ、彼は。  だから俺から逃げられないように、この手を一生離せなくなるように、薬を盛ってやった。ベータでありながら、オメガの様な躰に作り替えてしまう薬を。  ベータがオメガへ突然躰を変えるなんてこと、実際、自然には起きやしない。その事例の全ては、運命の番以上にベータを愛したアルファが生み出した悲劇。  だがその事実を知るのは、アルファであってもほんの一部だけだ。  この世界の全てはアルファの手中にあり、アルファの思うがままに世界は操られる。  情報操作なんてお手の物、他人の人生のレールを歪めるのなんて、息をするより簡単だ。それがヒエラルキーの頂点に近い者であればあるほど、世界は容易く歪みを受け入れる。  そんな力を持つ者たちが、運命に抗い、天と神を欺くために作り上げた秘密の薬【狂い咲き】。  小さな国なら一つ位は買い取れてしまう程の値段である〝ソレ〟は、例えアルファであっても簡単に手に入るものではない。そうした一部の者しか知ることさえ許されないソレは、しかし俺の手の内にあった。そしてまた、ひとりのベータの人生が狂わされたわけだ。この、俺の手で…。 「一応確認なんだけど、伊沢くん、俺以外のアルファとエッチしたことって…」 「あるわけねぇだろ!? 俺はっ、お前とだってほんとは! 俺はっ!」 「うんうん、そうだよね。俺と付き合ってるのだって、無理に頼んで仕方なくだもんね、酷いこと言ってごめんね?」 「最悪だよ! 俺はお前しか知らねぇのに…! お前だって、それ、知って…なんでッ」 「うん、ごめんね? ほんとにごめん」  躰の不調を口にした彼に、医者を紹介したのは俺だった。もちろん、色濃く俺の息のかかった医者だ。  きっと指示通り、肝心なことは何も言わなかっただろう。ただ彼の不安を煽り、俺に縋ることしか頭に浮かばせなくした。思い通りに事が進んだのだ、医者には謝礼を弾んでも良いだろう。 「伊沢くん、狂華の話は詳しく聞いてるかな」 「知ってる…さっき、聞いた」 「だったら今が非常事態だってことも、分かってるよね」  伊沢くんは何も言わずに俯いた。  そりゃあそうだろう、彼は知っているのだ。これから自由を奪われ、ただひとり、〝俺〟というアルファに囲われなければならないことを。 「……発情、するんだろ」 「そうだね」 「でも元はベータで、番を持つ本能が無いから…」 「誰彼構わず誘いをかける。発情の苦痛から開放されるのは、アルファの体液を取り込んだ時だけ。例え頭が嫌がっても、躰は異常な程に性行為を欲する。俺は、遠慮なく伊沢くんを抱くつもりだよ。君の躰の中に嫌というほど俺を注ぎ込む。それがどういうことか分かる? いつかは俺の子を、孕むということだよ」  痛々しい音を立てて、伊沢くんは唾を飲み込んだ。 「その相手に俺を選んでくれたと、そう考えていいんだね?」  伊沢くんがまた、鼻を大きくすすった。 「だって、俺にはお前しかいない…俺を、見捨てんなよ、清宮ぁ…」  ぐすぐすと泣く彼に、俺の口角はついに隠すことなく吊り上がった。 「本当は閉じ込めたくなんてないけど、伊沢くんに何かあったら俺が耐えられない。…許してね」  車を急発進させる。大学内の生徒たちが慌てて飛び退いた。  もう、ここに俺が来ることは無いだろう。それよりも大切なことが、もっとずっと優先すべきことができたから。  向かう先は俺が持つ別荘だ。もう随分と前から準備は整っていた。いつ彼に異変が起きてもいいように、こっそり見張りも立てていた。事は、順調に進んでいる。  彼はやがて俺の子供を孕む。その時彼はまた、大きく膨らむ腹を見て、現実を受け入れられずに泣くだろう。だけどそれでいい。この先彼が考えることは、全て俺に関することであれば、それでいいのだ。 「大丈夫。絶対に俺が、君を護ってあげるから」  きみは狂華。  これから君は俺ひとりの為に、ただ、俺だけの為に。  小さな箱庭で、狂ったように咲き乱れる。 END

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