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第99話 揺れる乙女心10

(なごみ語り) 僕は項垂れている大野君の手を軽く握った。 こうやって一緒にいる時間が増えたら、間違いなく彼のことをもっと好きになるだろう。 でも、僕には渉君がいる。傷心の僕に寄り添って助けてくれた。渉君を決して悲しませてはいけない。僕は心の蓋を無理やり閉じて、握っていた手を離した。 「僕はゲイなんだ。男の人が好きで、恋人も同性だった。異性としか付き合ったことのない大野君とは違う。だから……」 このまま続きを言ってしまっていいのか考えあぐねて、途中で言葉が止まる。 「だから俺の気持ちには応えられないですか。そんなの断る理由にもなりませんよ。なごみさんは、待鳥先生と付き合ってますよね」 「えっ、何で知ってる……」 「この間、牽制されました。僕の洋ちゃんに近づくなって遠回しにはっきりと言われましたよ。今まで誰と付き合っていたかとか関係ないじゃないですか。俺は、なごみさんが好きなんです。なごみさんはどう思ってるか教えてください。もし……俺に気持ちが少しでも無いなら諦めます」 「え、あ、うん……」 大野君が真剣な目で僕を見つめる。 梅の風が柔らかな彼の髪をふわりと揺らした。 ほら、言えばいいのに。君には全く気持ちが無い、ただの後輩だよって。なのに口が動かない。言葉が出てこない。 「なごみさん?」 「……………………ごめん。大野君の気持ちには応えられない」 長い間の後、やっと言えたのはその一言だった。 そして、何故か泣きそうになり、目に涙が溜まる。湧き出てくる感情の意味がよく分からず、ただ戸惑うばかりだった。 大野君と僕は会社の同僚だ。人懐っこく手がかかる後輩で、プロジェクトが同じで、それだけの筈だ。 涙で庭園が霞んで見えた。 「……なんで、断っておいてそっちが泣くんですか。男のくせに泣き虫ですね。前から知ってましたけど。ほら……」 大野君が隣に座っている僕を引き寄せて、頭をくしゃくしゃと撫でた。 ジャンバーの間に見える白い調理服に僕の涙が滲んで、シミを作っていく。 僕より大きい背中は心地がよかった。 「あの……もうしつこくしませんから、こうやって今まで通り先輩後輩の関係でいて下さい。 すぐには無理だけど、忘れようと努力します。だから、警戒しないでください。俺、なごみさんを頼りますから、今まで通り助けてください。もう泣かないで。こっちだって泣きたいんスから……」 「……………」 大野君の肩に抱かれ、頷きながら気付いていた。 僕への気持ちを忘れてほしくなんかない。 僕は大野君に愛されたいと思っている。 そして、僕の気持ちは渉君ではなく、はっきりと大野君へ向いていた。 随分前から気付かないフリをして避けて通ってきたけど、いつも彼が回り込んで正面から気持ちを伝えてくれた。何をしても、僕をありのままで受け止めてくれた。 頭の中に渉君の笑顔が浮かび、涙が止まらなくなる。今日も実家へ帰ると嘘をついてここにいる。 罪悪感に苛まれ、渉君ごめんなさいと何度も心の中で謝った。 ごめんなさい。僕は大野君が好きだ。

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