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第208話真夜中の訪問者5
(大野語り)
なごみさんがうんうんと頷き同調し、親身になって渉さんの話を聞き入っている。優しい相槌はとても心地がよい。だが、俺は隣にいるだけで特に何もしようとは思わず、話をただ聞き流していた。
セックスを邪魔されて、挙句の果てには部屋へ上がり込んで泣き出す状況に、どう対応したらいいか考えあぐねていた。今すぐ出て行ってもらいたいが、そんなことを言ったらなごみさんに嫌われる。我慢するしかなかった。
しょうがなく耳に流れてくる話を、心の中で突っ込みを入れながら聞く。
渉さんの恋人、円さんは友達がとても多く、異性の恋人も過去にはいたようだ。まあ、その辺は特化することもない普通のことだと思う。
俺だって過去に女の子と付き合っていた。殆どフラれたけど。
なごみさんも河合や、目の前の渉さんとも付き合っていた。過去の恋愛は忌むべきものではないと俺は思う。それを経験したからこそ愛しい人へ辿り着けたのであって、どれが欠けても今の自分ではいられない。
それに気付かせてくれたのは、なごみさんだ。優しく包んでくれるなごみさんのお陰で、俺は俺でいられる。今の自分を好きになれるし、恋人を全力で愛することができる。すべては自らを肯定することが大切なのだ。
話を渉さんに戻そう。
ところが、最近になってタチの悪い元恋人A子さんが復縁を申し込んできたらしい。
あっという間に今の恋人渉さんの治療院を探し出し、地味に宣戦布告された後、嫌がらせをしてきた。困り果てた渉さんは円さんに相談する。
渉さんの目の前で、円さんはA子さんにはっきりと断りと拒絶を伝えたそうだ。
だが、収束に向かうと思われた事態が急展開した。仕事帰りの渉さんが、円さんの自宅へ合鍵を使って入ろうとした所へ、A子さんが訪ねてきたのだ。2人は口論となり、つかみ合いと言い争いの末…………
「『このクソホモ野郎死ねよバーカ』って言われたから、カッとなってほっぺを叩いちゃった。今思えば相手の思う壺だったんだよね。帰宅したまどか君にも僕が悪いって責められて、もう何を言ってもこの女の有利にしか事が運ばなくて飛び出してきた。悲しくて悔しくて、何で先に手を出したんだろうって後悔したけど、遅かった。情けない……ううう……洋ちゃん」
「もっと怒ってもいいのに。渉君、辛かったね」
渉さんは、ぎゅっとされた後よしよしもされていた。実に羨ましい。
「うん。携帯も置いてきたし、今日はここに泊めてくれるかな。落ち着いたら帰るね。あの女と浮気してなきゃいいけど、もう考えたくない」
「いいよ。渉君さえよければ、ゆっくりしていって。円さんに限って浮気なんか有り得ないよ。ね、隼人君もそう思うよね?」
「…………ええ、俺もそう思います」
2人の関係は元恋人同士で、別れた後も恋愛相談をするような友情が存在する。俺には理解ができなかった。普通の仲良し具合が不思議でしょうがない。啀み合って別れた訳じゃないから、これはこれでいいのか。そうなのか?
しかし、ドラマや漫画によくある傷心の元恋人といたしてしまう間違いが起こり得る可能性は十分にある。
本当に今日は必死になって仕事を終わらせて、なごみさん家に来て良かったと心から思った。
俺がいなければ、この状況では何が起きてもおかしくない気がしていた。
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