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Side A

Side A  小松先輩が飼育小屋に来なくなってしまった。どうしてかな。鷲宮先輩に遠慮してるとか?それは考えすぎだよね。飼育委員がたまにエサをあげてるけどそれじゃ全然足らなくて小松先輩が来ないと軍鶏たちは飢えていそうだった。 「重恋くん」  飼育委員たちがエサを調達しにいく用務員室へ行こうとしたところで冷生が呼んだ。少し腫れた顔と切れた口元、目元。でもそれに触れてはいけない気がして。もしかして家の人に怒られたのかな、って。 「冷生、おはよう」  朝だった。小松先輩が居なかったから気付かなかった。そうだ、今は朝。朝だったんだね。 「2人きりで会っちゃうのはまずいかな」  冷生が困ったように笑う。冷生の髪型はおれが気に入ったって言った前髪を上げて横に流して、残りは撫で付けておくみたいなセット。やっぱ似合うしかっこいいな。顔の傷は残念だけど。 「大丈夫だよ。冷生は友達だもん」  間違った、って思った。一瞬だけ冷生が凍りついたみたいだった。 「ちょっと用務員室行くんだけど、冷生も行く?」  何か次の話題って思って冷生も誘う。冷生は一緒に行くって言ってくれておれは安堵した。 「重恋くん」  用務員さんから軍鶏のエサをもらって、また飼育小屋に戻ろうとするときに冷生から呼ばれた。 「冷生?」  くしゃって冷生の笑顔が歪んだ。言わないで、言わなくていい、そう思った。まだ冷生は何も言ってないのに。ごめん、って聞き取れるかどうかも怪しいくらい小さな声が聞こえて、何の話、って返す声は自分でも分かるくらい震えた。 「冷生?」  続けない冷生の肩がわずかに震えていた。どうして冷生が謝るの?冷生、泣いちゃうって思った。頭がついていかなくて、冷生はおれを優しく包んでくれたのにおれは冷生が泣き出しそうなのを見つめるしか出来ない。 「冷生?」  ごめん、ごめんって謝ってばっかで雑に湿布が貼られた左手をおれは見つめるしかできなかった。泣かないで、泣かないでよ。どうしたの?何があったの?言いたいことの洪水。何も言葉が出てこなくて名前を呼ぶことしかできなかった。 「重恋くんにッ…小松先輩っと…付き、合ってほし、かった、だけ、だったのに」   冷生が崩れ落ちるみたいに、何か抱え込むみたいに身を縮こまらせて、おれを見上げる目からぽろって光ったものが零れた。 「なのに、僕はッ」  冷生は優しいからおれが鷲宮先輩と付き合ってること、不思議なんだ。気にしてるんだ。 「泣かないで。おれは大丈夫だよ?観月先輩、優しくしてくれるから」  まだ慣れない、観月先輩って響き。あの人がいつも流れるように言う響き。鷲宮先輩が優しくしてくれているのは本当だった。でもいつかは…って思わなくもないけど、それは今考えることじゃない。 「僕、小松先輩、殴ったの、知ってる、よね?」 「知ってるよ」  だから付き合ってる。でも冷生のせいって思ってない。冷生が謝ることじゃない。

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