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第5話

「こんばんわ!」 「……雫ちゃん。天野さん」 「こんな遅い時間にすまない」 「い、いえ」 突然の訪問相手に、流石の水島君も驚いているようだ。 せめて、メールくらいはしとけば良かっただろうか……。 「あれ?どなた?」 私達の声が聞こえて気になったのか。リビングの方からひょこっと顔を出したのは、長い黒髪をバスタオルで拭く美人な女性。きっと風呂上がりだったのだろう。短パンにタンクトップで、人前に出るには少々緩い格好だ。 あぁ……これでは、想いを伝えたところで断れるのは目に見えているな。 「ちょっ!そんな恰好で天野さん達の前に出て来るな!失礼だろうが!」 「えぇ~別にいいじゃん。お兄ちゃんは心配性だなぁ~」 ん? 「お兄ちゃん?」 「あ、はい。こちら妹の晴菜(はるな)です」 「どうも~!天野さんの事は、よ~~く知ってますよぉ~~」 「オイ。余計な事言ってんじゃねぇ」 「あはは!お兄ちゃんこわ~~い」 「もしかして、あの時の電話の相手は……」 「電話?あぁ、ハンバーグを作った日の事ですか?そうですよ。コイツ、彼氏と二人で暮らしてるんですけど。よく喧嘩するみたいで、時々勝手に俺の家に上がり込んでるんですよ。しかも料理とか全然出来ないから、お腹空いただのなんだのって煩くて」 「はぁ~~……」 「え、どうしました!?天野さん!?」 「あぁいや。あまりの羞恥心に耐えられなくなってしまっただけだ」 「どういうことです?」 「気にしないでくれ」 つまり私は、勝手に勘違いをして。勝手に話を進めてしまっていたという事か。 「おじさん、ほら」 「え?」 「きもち、つたえなくていいの?」 「っ……」 「気持ち?って、なんですか。天野さん」 「ほほぉ~~ん。なるなる~~。よし!雫ちゃん!だったよね?お姉さんとあっちで遊ばない?」 「うん!あそぶーー!」 「え!?雫!まっーー」 「おじさん!がんばって!」 応援してくれるのは有難いが。せめて心の準備をさせてほしかった。 何故か妹さんにも、気遣われてしまったようだし。 「天野さん?」 「……」 しかし、ここで逃げるわけにはいかない。 雫は、勇気を出して私に気持ちを伝えたのだ。なら、私にも出来るはずだ。 背中を押してくれた雫の為にも、そして私自身の為にも、水島君の為にもーー。 気持ちを、伝える。 「私は、君が好きだ」 嘘を言った時とはまた違う不安と苦しさが、手を震わせる。 怖い。今すぐここを離れたい。 だがーーもう逃げるわけにはいかない。 「だからこれからも!私と雫の為に、毎日ご飯を作ってくれないか!!君と一緒じゃないと、もう美味しく食べられないんだ!!君が好きだから、大切だからだ!!」 拳を強く握って、想いを一気に吐き出した。今にも心臓が爆発してしまいそうで、呼吸もうまく出来ない。苦しくて、もう頭が真っ白だ。 あの時の雫もこんな気持ちだったのだろうか。 あぁ今なら分かるぞ雫。お前は強い子だったんだな。 「天野さん」 力が抜けてふらつく私の身体を抱きしめた水島君の心音は、私と同じくらい大きくて、飛び出してこないか心配になるほどだった。 「俺、ずっと貴方の事が好きだったんです。だから三人で過ごしている時が、一番幸せでした。作った料理を美味しいって言ってもらえるのが、一番の喜びでした。俺、これからも一緒にいたいです。一緒に過ごしたいです」 あぁ、やはり。 気持ちというのは、伝えないと分からないものなんだな。 「あぁ。私もだ。これからも一緒にご飯を食べよう。そして一緒に日々を過ごそう。水島君」 「天野さん……」 ようやく繋がった気持ちは、自然と互いの顔を引き寄せて。そしてーー唇が。 「終わったぁ~~?お二人さん」 「え!?あ、いや!?えっと……」 重なる前に、離れてしまった。 少し残念な気もしたが、よくよく考えると今は雫もいるのだった。少し自重しなくては。 「続きはまた今度にしましょう。天野さん」 「っ……!」 どうやら彼は、自重する気などあまりなさそうだ。 「おじさん!!あきらちゃんのつくったカレーがあるって!!たべたい!!」 「いやそんな、迷惑だろ」 というか、食べてきたはずだよな?私達。 「いえ、食べてください。俺の作ったカレーなんですから」 ドアの隙間から漂うカレーの匂いに、私と雫は一緒に腹を鳴らす。 やはり、美味しいご飯には引き寄せられてしまうものなのだな。 「じゃあ雫。いただきましょうか!」 「やったぁ!」 その日。四人で食べたカレーは絶品で、きっと二度と忘れない。幸せな味だった。 「ごちそうさまでした」

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