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幻想に咲く花
※『もう一つの世界』その後、和穂×紫穂
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真夜中。紫穂はひとり、リビングで電気も点けずにビデオを観ていた。
画面の中では似たような背格好の子供がふたり、楽しそうに笑いながら走り回っている。そんな光景を無表情にジッと見つめていると、紫穂の後ろでリビングの扉がゆっくりと開かれた。振り向けば、そこには眠そうに目を擦る和穂が立っている。
「シーちゃん…」
「和穂、起きたのか?」
見た目は紫穂と変わらぬ、背の高い青年へと変わり始めた少年だ。だが、コクリと頷くその行動は幼児そのものだった。
「ここにおいで」
紫穂が自分の横をポンポンと叩いてやると、和穂は何の迷いもなくそこへと足を進め紫穂の隣に座った。そのままコテンと横に倒れ、頭を紫穂の太ももに預ける。
足の上をさらりと流れた髪を優しく梳いてやれば、和穂は嬉しそうに幼い笑みを見せた。
学園で起こした障害事件。あの一件以降、和穂の精神は五歳児まで退行してしまった。紫穂が、自分の手を放すはずがないと信じていた頃へと戻ってしまったのだ。
そうして施設に入って半年。漸く和穂は月に一度だけ自宅へと戻る許可を得たが、戻って来た和穂は誰にも渡すまいとするかの様に片時も紫穂から離れない。だが、諒や由衣は特に何も言わなかった。時には敢えて席を外しふたりきりにしてやる事さえあった。
心を壊してしまった兄弟を、憐れんでいるのかもしれない。
紫穂は下から伸びてきた手に抵抗することなく、後頭部を捕えられ、そのまま引き寄せられる力に従った。誘導されるようにして紫穂の唇は和穂の唇へと落ちた。優しく触れるそれは、離れてはまたくっ付く事を繰り返す。
そうしてくっ付くだけの行為に飽きた和穂が、遂に紫穂の唇を舌で割ろうとしたその時。
「和穂」
二人以外に誰もいない静かなリビングに、紫穂の冷たい声が響いた。
「俺は幼児を相手にする気はない」
強い力で自分を引き剥がす紫穂を、和穂はジッと見つめる。暫く同じ様に見つめていた紫穂は、それでも何も言わない和穂にもう一度冷たい声を落とした。
「その下手な芝居、一体いつまで続けるつもりなんだ?」
和穂は一瞬だけ驚いたように目を見開くと、やがて幼い顔を崩しその口角をゆったりと吊り上げた。
「ヤダな、いつから気づいてたの?」
紫穂を見上げるその顔からは、既に五歳児の表情は消え失せていた。
「いつからだと思う?」
無表情のまま見下ろす紫穂を見上げていた和穂は、酷く嬉しそうに微笑んだ。
「なぁに、もしかして最初から? ハハッ、やっぱシーちゃんには敵わないな」
和穂の演技には気づいていた。そう、最初から。
黙って取り押さえられた和穂は間もなくして、医師により幼児退行をしていると診断を受けた。今までの和穂からは想像もつかないその純真無垢な立ち振舞いと幼い言葉遣いに、誰もが彼は狂ったと、そう思った。だが、紫穂だけは騙されなかった。いや…直ぐに気付いた、と言った方が正しい。
一瞬、紫穂も信じかけた。それでも和穂の演技に気付くことが出来たのは、和穂の持つ、隠しきれぬ紫穂への想いから来るものだったのかもしれない。
和穂の瞳の奥に、あの時と変わらぬ闇を見つけたのだ。
和穂が微笑みを引っ込め、今度は感情の無い目を紫穂に向ける。
「知ってたなら、どうして僕を見捨てなかったの」
「………」
「反省もしないで、嘘でみんなを騙して。それってシーちゃんが一番嫌うことじゃないの」
和穂の瞳は揺れたりしない。冷たく、突き刺さるような鋭さを持っていた。和穂はきっと、兄弟を襲ったことも、上代を襲ったことも、そして…紫穂を傷付けたことも悪いことだと思っていない。
決してそれを、反省すべき点だと思っていないのだ。それでも紫穂は、それを全て受け止めると決めた。
上代の手を放した、あの時に。
「俺は和穂から離れない」
「僕は彼奴に会うことを許したりしないよ。それでも、僕を選ぶって言うの?」
「その道を選んで今ここに居る。何があっても離れたりしない。俺は、お前のモノだから」
言い終わった時にはもう、和穂との位置は逆転していた。
ソファに押し付けられながら奪われる唇。子供の遊びの様だった先ほどの触れ合いは幻となって消えて、今は欲を貪る触れ合いへと変貌を遂げていた。
隙間を割り開かれ中を好き勝手に遊ばれる。それはやがて、カラダの奥深くにも届くのだろう。
和穂は紫穂の半身だ。
失うかもしれないと思ったその時、漸く紫穂にもそれが理解出来た。求められるものは確かに【普通】ではない。だが、それが何だというのだろうか。
上代が与えてくれたものは確かに安らぎであったが、和穂が紫穂に与えたものもまた、形は違えど紫穂にとっては安らぎだった。
和穂の唇が首筋を伝い胸元へと落ちる。
「あっ、」
切ない声が口からこぼれ落ちれば、互いのカラダが同時に熱を持った。
紫穂は胸元の和穂を掻き抱く。それに反応した和穂が、楽しげに肌へ痕を付けた。
滲む視界の先に見た紅く色づくそれは、まるで二人の行く末を暗示する花のように見えた。
END
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