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 馨さんの手伝いを終えたのは、夕日が沈み始めたころ。空は紫色になっていて、明るいのが暗いのかよくわからない時間だった。そういえば家に帰ったら模試の結果を親にみせないと、って思い出して憂鬱になったけれど、学校を出る前に比べたらなんとなく気が楽になっていると思う。成績、成績……って煮詰まっていた頭が、少しリフレッシュできたというか。 「……白柳ってさ」 「何」 「彼女と別れると毎回凹んでるよね」 「あ!? なんだよ突然!」  途中まで道が一緒の智駿と一緒に帰っていれば、奴が突拍子もないことを言ってくる。バカにしてるのか、と苛立って智駿を睨みつければ、智駿がほんの少し笑って言った。 「……羨ましいなって」 「……からかってます?」 「いいや。僕は彼女と別れたって寂しいとかあんまり思わないからさ。そうやって悲しめるくらい彼女を好きになれて羨ましい」 「……だからおまえさァ……付き合ってきた彼女のこと好きじゃなかったでしょ」  奈々のことを思い出して、俺は舌打ちする。俺から奈々を盗っておいてなんて言い草だ、って思ったのだ。でも、智駿は俺の思った以上に真面目に悩んでいるらしい。はあ、とため息をついて、物憂げに言葉を吐く。 「好きなんだよ、確かに僕は彼女のことは好き。彼女が笑ってくれると幸せな気分になれるし。どうしたら彼女が喜ぶかなってあれこれ考えるのも、好き」 「……それ付き合ってる云々じゃなくて奉仕して満足してるだけじゃん。それ、好きっていわないから」 「……」  智駿が、じっと俺を見つめる。なんだか恨めしげな、そんな目だ。 「……だから、僕は白柳が羨ましいって言ったんだよ。わかってるよ、僕の「好き」が「好き」じゃないなんて。自分は周りの人たちみたいに恋に必死になんてなっていないって」 その声色は、拗ねたようなものではなくて、わかりきっていた、そんなものだった。自覚はしていたのだろう、自分の「恋」が「恋」ではないことくらい。たぶんだから……この前そのことを言及したときに、智駿は機嫌を悪くした。必死に否定した。 「本当は憧れているんだ、失恋して泣いてみたり嫉妬してぐちゃぐちゃになったり、ものすごい独占欲を抱いてみたり。そんな、自分自身を好きな人に乱されることに」  自転車の、カラカラという音が耳を掠める。爽やかな風が智駿の前髪を揺らしていて、夕日が微かにその瞳を煌かせていた。 「一度でいいから――狂うような、恋をしてみたい」 ――ドクン、と俺の心臓がいちど、高鳴る。智駿の口からでたその言葉は、彼に似つかわしくないくらいに熱っぽくて、そんなことをおまえは言えたんだって、びっくりしてしまった。ふわふわしていたくせに、幽霊みたいだったくせに、おまえはそんな熱を持っていたんだ、って。 「……別に、悲観することはねぇよ、俺たちまだ18だもん」 「……?」 「そういう相手におまえだって出逢えるって。心をめちゃくちゃに掻き乱されるくらいに好きになれるようなやつ」  そうかな、そう言って智駿は遠く遠くの夕日を眺めた。何を臭いこと言っているんだろうって自分を笑いたくなったけれど、おかしなことは言っていない。  智駿の求めるものは、それこそ運命だ。俺が自分の夢と出逢えるのを求めているように、智駿も本当の恋をできる相手を求めている。  まあ、俺は智駿のことなんてどうでもいいから奴がどうしようが構わないけれど。俺だって頑張るんだからおまえも精々頑張れよって、心の中で言った。

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