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「いやー……まさか同じ大学だったとは。あ、俺、結城です。結城」
「えっと……織間 です」
「織間さん! 何年ですか? 俺、一年なんスよね~」
「えっ、年下……あ、二年です」
連れ込まれたのは、宴会をしている部屋から少し離れたトイレだ。連れ込まれるなり告げられた、結城が年下という事実に驚愕するしかない。アダルトショップであんな対応をしていた人が、まさかの年下なんて。
「あー、でも嬉しいなあ。織間さんと同じ大学なんて」
「嬉しい?」
「だって俺、織間さんで抜いてたんで」
「……はい?」
一瞬、結城の言葉を理解できなかった。俺が聞き返す代わりにじっと見つめてやると、結城が照れたように笑う。
「だってー、織間さんみたいなさっぱりした見た目の人が道具使うようなエッチなプレイしてるって、すっげー興奮するじゃないっすか!」
――あ、この人危ない人だ。
直感で察知して、俺はトイレから逃げ出そうと結城に背を向けた。しかし手を捕まれそれを阻まれて、俺はたまらず悲鳴をあげる。
「は、離せ! 怖いから!」
「いやいや大丈夫ですって! 別に織間さんのこと好きとかじゃないし襲ったりもしませんから! 男がAV女優に抱く感情と同じ!」
「俺をAV女優と一緒にするな!」
「なんで!? いいじゃないスかAV女優! 人に幸せを与えているんスよ! 織間さんも俺に幸せを与えているんです、素晴らしいでしょ!」
「全然!」
客をオカズにしているなんてこいつ最低だ。そしてそれを報告してくるのも最低だ。
こんなに危ない人に会ったことがなくて、俺は久々に恐怖を感じていた。たぶん結城に悪気はないし単純にバカを極めているんだろうけれど、あんまりにも彼の言動が俺の思考とかけはなれすぎていて理解できなくて、恐ろしい。まるで蛇に睨まれた蛙のように俺は動けなくなってしまって、気づけば壁際に追い詰められていた。
「待って待って、織間さん待って! 俺、別にビビらせたいわけじゃないんですって」
「いや、だってめっちゃ怖い!」
「怖くない! 大丈夫、織間さんがあそこ来てたことを誰かに言ったりしないし、俺だってあそこで働いてることバレたくないし」
「バレたくないのになんであんなところで働いてるんだよ!」
「だってエッチなおもちゃを恥ずかしがりながら買う子みたいでしょ!」
「度し難い変態だな!」
居酒屋のトイレってわりと頻繁に誰かが出入りするものじゃないのか。なぜか今に限って誰も入ってこない。絶対に俺、このままなにかされるって思うのに、脚がすくんで逃げられない。
「俺、もっと織間さんのエッチライフを充実させてあげたくて!」
「……は、?」
「織間さん、本当はすっごいMなんでしょう!? あんな首輪を自分で買って彼氏にあげるくらいだし! でも彼氏はSMプレイをしてくれなくて欲求不満! 違いますか!」
「……なっ、……ち、違うし! 別に俺は、えすえむプレイなんて、そんな……」
結城の言葉は……図星だった。ぐさ、と俺の頭に突き刺さって、咄嗟に否定できなかった。そもそもあんな首輪を買っている時点でマニアックなプレイをしたがっているのがバレバレだ。今更否定してもあまり効果がないような気がして、俺はただ恥ずかしくなってうつむく。
「SMプレイ、しないんでしたっけ。彼氏さん、サディストなのにしてくれないんスか?」
「……い、痛いことはあんまりしない、から」
「優しい彼氏さんなんスね~。でも織間さんは痛いこと、されたいんでしょ?」
「……ッ、」
「ギッチギチに拘束されたり、鞭で叩かれたり」
「そ、そんなこと……」
結城の言葉で、ちょっと想像してしまった。俺が智駿さんに身動きが取れないくらいに拘束されて、そして鞭で叩かれながらイクところを。想像しただけで身体が熱くなってきて、どきどきとしてくる。たぶんそれが顔に出てしまったのか結城はぐっと俺に顔を近づけて微笑んできた。
「恥ずかしがることないっスよ。好きな人に支配されたいのは当然のことっスから」
「……っ」
どき、としてしまった。そう言われればそう思えてきたからだ。智駿さんのことが好きで、智駿さんに支配されたいって思えのはおかしなことではないような気がする。ちょっと想いが行き過ぎているだけで、おかしなことではないのかもしれない。
「俺があまり痛みのない道具とか教えてあげるっスよ。やりたいエッチをやりましょ?」
「で、でも……」
「恋人の性癖は恋人が開発するんっスよ! 織間さんがもっともっと彼氏のことドエスにしてあげましょう!」
どんどん結城の言葉に洗脳されていっている気がした。でも、言われてみればその通り。俺だって智駿さんにドエムに開発されちゃったんだから、今度はこっちが智駿さんをドエスにしてやればいいんだ。
結城に教えを請おうか……そんな思いが湧き上がってきたとき。
「なにしてんの!」
突然、叫び声にも似た声が響いた。
びっくりして声のした方をみれば、そこには彰人が立っている。トイレのために来て、そしてこの壁際に追い詰められている俺を見て誤解したというところだろう。「違う」って誤解を解こうとしたけれど、その前に彰人は俺たちのところにズンズンと寄ってきて、結城から奪い取るように俺を抱き寄せた。
「この子、手だしちゃだめだから!」
「あ……もしかして織間さんの彼氏さん! この前織間さんにエッチな服買ってあげてましたよね!」
「はっ……か、彼氏とか、……ち、違うから! っていうかなんで服を買ったこと知ってんだよ!」
結城の言葉に彰人は顔を真っ赤にして震えだす。彰人は結城がアダルトショップの店員だと気づいていないらしい。
結城は彰人が焦っているのをわかっているのかいないのか、からっとしている。そして俺と彰人を見比べて、楽しげににこにこと笑いだした。
「あれ、どういう関係っスか? 織間さんの彼氏じゃないのにあんなエッチな服を買い与えて……もしかしてセフレ?」
「ち、が、う! 君に俺と梓乃の関係とか関係ないから! つーかやれるもんなら俺も梓乃とエッチなことしたいわ!」
「あっ、織間さんの彼氏って全然違う人なんですね? みてみたいな織間さんのこと調教しちゃうすごい彼氏さん」
「やめろやめろ、調教とか言うな俺の梓乃が穢れる」
何を話しているんだこいつら……って俺はただ呆然とするしかなかった。ぎゅーっと抱きしめてくる彰人の力は強くて、そっと逃げ出すこともできず俺はこのよくわからない会話を聞き続けるしかない。
「と、とにかく! 梓乃に手を出すなよ絶対だからな! 梓乃もおまえ、ガードが緩すぎんだよ!」
「だから俺、織間さんのこと狙ってはいないっスよ織間さんと彼氏さんが超エッチなことしているの妄想したいだけっス」
ようやく会話が終われば、俺は彰人に引きずられるようにしてトイレを出た。そんな俺に結城は「いつでも相談してくださいっス~!」なんて言っていた。
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