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Clombier~たぶん、友達~
「梓乃くん、聞いたぞ。智駿と東京いくんだってな」
白柳さんがむすっとしながら、そう言う。俺の手首をいじりながら、じとっと羨ましそうに俺を見つめてきた。
「高級ホテルだろ~タダで泊まれるとか、あいつどんなどんな知り合いがいるんだよって話だよね。俺も誘えって言ったら「おまえと一晩一緒に過ごすとか鳥肌がたつ」って一蹴されたよね、智駿腹立つな~」
「俺も智駿さんと同じ部屋に白柳さんがいるところ想像したくないです」
「あははだよね~私も」
――それは、数日前のことだ。智駿さんが東京のホテルで働くパティシエのつてでそこに泊まれることになったというから、俺も誘われたのだ。どうやらそのパティシエが自分のつくるスイーツを食べてくれよ、と宿泊費まで出してくれるらしい。名の知れた高級ホテルだから遠慮したい気持ちもあったけれど、欲に負けて俺も智駿さんについていくことにしたのだ。
そして、今俺は、最近続いている腹痛を診てもらいに白柳さんの務める病院に来ていた。診察室に入ってそうそうに出された話題がこれだった、ということだ。
「まあとりあえず腹痛の原因だけど……妊娠ですね」
「はっ!?」
「男も中出しばっかされると妊娠しちゃうんだよ」
「う、嘘でしょ!?」
「嘘だね」
「ちょっと!」
白柳さんはしょうもない冗談を言いながら、何かのデータのようなものをみていた。そして、俺に本当の病状を説明する。どうやら、アルコールを摂取しすぎたせいで胃が荒れていたらしい。軽くお叱りの言葉をうけて、診察はあっさりと終わってしまう。
大したことなくて良かった、と俺が診察室を出ようとしたときのことだ。白柳さんが「うげっ」と声をあげる。どうしたのかと思えば白柳さんが手帳をみて顔をしかめている。
「やばい今日の夜は……」
「?」
「あいつに会わなきゃだ……」
「あいつ?」
「……セラだよ」
……セラ?
そういえば前に白柳さんはセラに迫られていたけれど……その後どうなったのか、俺は何も聞いていない。あのビッチが今何をしているのか気になった俺は、ふと足を止めてしまう。
「えっ、白柳さん……セラと付き合ってるんです?」
「はぁ~? おまえ何を言ってんだァ? あいつがすっごいしつこいから仕方なく会ってやるんだろ」
「なんだかんだ会ってあげてるんだから白柳さんもセラのこと悪く思ってないんですよね」
「ばかおまえ「デートしてくださぁい」メッセージを百通送られてみろ! そんでもって職場に押しかけられてみろ! 折れるしかねぇだろ!」
「……うわぁ」
……やっぱりあのビッチ、やばい子だ。俺はセラの興味が白柳さんに移って良かったと心底思った。白柳さんには悪いけれど。
俺は軽く同情しながら、そそくさと診察室を出て行く。俺が出て行くその時まで、白柳さんは頭を抱えて手帳をみていたから、がんばれ……と心の中で言ってやった。
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