12 / 91

レクチャーⅢ:どういうことだよ!?2

 宮本が恐るおそる言うと不機嫌だった江藤の顔が崩れ、柔らかい笑みに変わった。 「俺様はそこまでヤワじゃねぇよ、変な気遣いしやがって。手にしてるビニール袋を寄越せ。このまま帰るのは、どう見たってつらいだろ」 「えーっ。残ったお菓子は、実家に持って行こうと思ったんだ」 (良かった、いつもの雰囲気に戻った。つぅか俺に向かって笑いかけるなんて、奇跡に近いかもしれない!) 「チッ! それじゃあ、しょうがないな。恥ずかしいがこのまま帰るとするか」 「はい、お疲れさまです」  宮本が来た道を戻ろうと背中を向けたら―― 「佑輝くん、今日はありがとう……」  消え入りそうな声が耳に聞こえたので、慌てて振り返ったときには江藤は足早に向こう側を歩き、すでに反対側の歩道へ行ってしまっていた。  礼を言われることをしたつもりはなかった。ただ江藤の中の悲しみが少しでも短く、そして癒されるならばいいと思っただけなのだから。  ――心の奥底に秘めたこの想いは、けして開くことはない――俺を求めない限り、けして…… ***  次の日、昨日残業して頑張った情熱を仕事に傾けていた宮本。    お昼休みになった瞬間に部署を飛び出し、社食でかき込むように丼物を食べてふたたび部署に舞い戻った。  理由は、進みの悪い自分の仕事をさっさと始めるため。当然直ぐに、要領の悪さは改善されないけれど――  書類の作成中、臨機応変に行動できない自分の不器用さに、ちょっとイライラしていたとき。  ガサリ!  宮本の頭の上に、何かデカいビニール袋が載せられた。   (――何だ?)  受け取りながら振り返ると、意味深に笑った江藤が見下ろしていた。 「相変わらずノロマしてんだな、オイ」  安定過ぎる、やる気を削ぐような挨拶だな。まったく―― 「……すんませんね。あの、これは一体?」  50本くらい入っていそうな、うんまい棒の明太子味の大袋が手の中にある。いきなり手渡されたうんまい棒と、江藤の顔を交互に見た。 「昨日のお返しだ。ありがたく受け取れ!」 「いや、あれは昨日、仕事の仕方を教えてもらったお礼なので、こんなお返しはいらないというか」 「バーロー。これは昨日お前が俺様に対して、要らない気を遣ったことに対する礼だ。お蔭で変なことを考えなかったから、久しぶりに雅輝と今夜飲みに行く約束をしたワケだ」 「え……?」  兄貴と今夜、飲みに行く!? 「あの後、電話がかかってきてな。積もる話もあるから、飲まないかって誘われてさ。一応友達なんだから、出かけても大丈夫だろ」  昨日ちょっと逢っただけで、すっげぇ動揺していたくせに。大丈夫なワケがないだろ。 (……俺も、行っていいですか?)    そう、口にしたかった。 「ま、そういうことだからさ。俺様は本日残業せずに、さっさと定時であがるぞ」  言いながら宮本の頭を、手荒にぐちゃぐちゃと撫でていく。まるで昔のように――いろんな想いが相まって、胸がしくしくと痛んだ。  行ってほしくないよ、江藤さん―― 「兄貴と飲むって、大学時代によく使ってた居酒屋に行くのか?」  モヤモヤを何とか隠して、平静を装いながら訊ねてみた。 「おっ、珍しく読みが当たった。さすがは兄弟!」  どこか嬉しそうに笑いながら肩を竦めつつ、自分の席に戻って行く。    そんな姿を見ていたら手にしていた、うんまい棒の大きな袋を持つ手に力が入って、ガサガサという音がふたりきりでいる部署の中に響き渡った。  その音がまるで渇いた心が鳴っているように聞こえたせいで、宮本自身をひどく不快にさせたのだった。

ともだちにシェアしよう!