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秘めたる想い:愛をするということ4
「ちょっと待て。俺と江藤さんの付き合いなのに、ふたりで手を組むって……」
「宮本、それは当然だろ。雅輝の質問に対して具体的に答えられないおまえは、どうにも信用ならないからな」
「だよなぁ……。あの受け答えじゃ母さんは勿論、父さんも認めないと思う」
雅輝と目を合わせたらいきなり間に割り込んで来て、大きな手で無理やり両目を塞がれてしまった。
「何で兄貴と楽しげにアイコンタクトするんだ。そういうのが、俺の嫉妬心を煽るって分からないのかよ!?」
(――ヤバい。地味にうれしいじゃねぇか)
「もっとおまえがしっかりしてくれたら、無駄なことをせずに済むんだといい加減に学習すればいいんだ。年下だからって、ここぞとばかりに甘えるんじゃねぇよ」
「いきなり、しっかりしろなんて言われても……」
「江藤ちんと佑輝、いつまでもイチャイチャしていないで、さっさと家に行くぞ」
歩き出した雅輝の足音が耳に聞こえたので宮本の手を顔から外そうとしたら、柔らかいものが唇を塞いできた。しかもなぜだか、空気を吸い込むことまでする。
慌てて宮本の顔面を両手で掴んで引き剥がしたら、こっちがドン引きするようなデレっとした表情が目に留まった。
「いきなり何してんだ、こらっ!」
「江藤さんから勝手に、勇気をチャージしただけ。お蔭でやる気になれた」
何のやる気に火がついたのやら。どうせコイツのことだ、違う方面のヤル気だろう。
「俺、頑張るから。江藤さんとの付き合いを認めてもらえるように、ちゃんと説明するし」
「……バーロー。おまえがそんなことをする必要はない」
「何でだよ、どうしてっ、うわっ!?」
うだうだしている宮本の腕を掴み、自宅に向かって歩いている雅輝の背中を追いかけた。急ぎ足で歩く自分に追いつきながら掴んでいる手を外して、わざわざ恋人つなぎをする。
じわりと伝わってくる温もりに、少しだけ緊張していた感情が瞬く間に癒されてしまった。それなりに緊張しているのを隠していたというのに、こういうことを自然にやってのけて和ませるんだから、ある意味天才なんだよな。
まさに、バカと天才は紙一重っていうことかも――ってまたこの言葉が浮かんでしまった。一体宮本はどっちなんだか……。
「江藤さんあのさ、さっきの話の続き。俺が説明しちゃ駄目なの?」
「当たり前だろ。未熟なおまえをたぶらかした上司であり、教育係の先輩をしている俺様が説明するのは、しごく当然のことだろ」
「……そりゃあさ普段は怒ってばっかなのに、時折見せるちょっとだけかわいく笑ったところとか、ぶん殴った後に悪かったなって謝ってくる恥ずかしそうな顔とか、たぶらかされた場面をあげたらきりがないけど」
(――自分としては、まったくたぶらかしたつもりがない場面ばかりのような気がする)
「ずっと江藤さんの傍にいられるのなら、何だって頑張れるよ」
「だったらその頑張りを今回は発揮せず、次回に取り置きすればいい」
この提案に、宮本はどんな反応を示すだろうか――それはそれは、すげぇ大変な大仕事になるんだからな。
「次回に取り置き?」
つないいだ手を意味なくぶらつかせて、アホ面丸出しで呟いた。
「おまえに両親がいるように、俺様にだって親はいるんだ。片方だけに挨拶して、終わりになんてことはしないだろ」
「あっ……」
見る間に顔が強ばっていくのを、笑いを噛み殺しながら見上げた。
「今回はおまえの両親に俺様が交際についてきちんと説明してやるから、江藤宅の実家にお越しの際には説明できるように、ぜひとも頑張ってくれよな。部下で恋人の宮本さん」
「ちっ、ちなみにお訊ねしたいんですけど、江藤さんのご両親って、何をしていらっしゃるのでしょうか?」
「ふたり揃って弁護士やってる。忙しい人たちだから、時間をとってくれるかどうか、なかなか難しいだろうな」
事実を告げた途端にぶらつかせていた手が止まり、ぴたりとその場に佇んだので同じように並んでやる。
「おい、どうした?」
「俺ってばかわいい息子をたぶらかした極悪人って、絶対に思われるんだろうな。そんでもっていろんな罪状を告げられて、息子に近づけないように刑務所行きになるのかもしれないっ」
(錯乱しているとはいえ、コイツがこんなに想像力が豊かだとは思いもしなかった)
江藤は宮本の言葉に苦笑いを浮かべながら、急かすようにつないだ手を引っ張って歩き出した。
「もしもおまえが刑務所に入ったら、一緒に入ってやる」
宮本が妄想したありえない話に乗っかってやり、つないでいる手にぎゅっと力を込めた。
「どんな障害があっても、全部ぶち壊してやる。佑輝くんを守ってやるから」
「江藤さん、暴力は駄目だよ。本当に刑務所に入っちゃう」
「…………」
普段の自分の行いのせいで例え話もできないことに若干呆れてしまったが、唐突に告げられる言葉の中に宮本の優しさが感じられる。今、自分の手を包み込むようにつながれている大きな手とリンクして、心が優しさに包まれているみたいだ。
「暴力はおまえ以外には使わない。安心しろ」
「うわぁ俺だけって限定されるあたり、すっげぇ愛されてるなぁ……」
暴力なんて言葉を使ったというのに、なぜだかデレっとした顔が傍にあって心配になる。どんなことでも愛情を感じてもらえるのは、何よりだな――
「おまえが真っすぐに迷いなく愛してくれるから、偽る必要のない自分を出すことができてる。感謝してるんだぜ、おい」
進んだ先には昔と変わらない、宮本家の門扉が目に留まった。雅輝はさっさと中に入ったらしく、そこにはいなかった。これからだと思うと自然と緊張感が増して、つないでいる手にしっとりと汗をかいた。
「江藤さん?」
「こんな俺様だけど……、いや俺だけど、こうやってずっと手をつないでいてほしい」
今の自分はどんな顔をして、愛おしい恋人を見上げているのだろうか? 不安そうにしていたらこの後間違いなく、宮本はトチってしまう可能性がある。それが分かっているのに、これからしなきゃならない説明や諸々の関係で、どうしてもマイナスの感情を消すことができず、表情に出ていると思う。
「大丈夫だよ、絶対に」
不安を打ち消すような、まばゆいばかりの笑顔で見下してきた宮本を見ていたら、つられるように笑いかけることができた。その瞬間にぐいっと手を引っ張られ、大きな躰に閉じ込めるように抱きしめられてしまった。
――自宅の前だというのに、堂々と何をやってるんだか。
「江藤さんとつないでるこの手は、何があっても離さずにいる。ずっと愛していく」
「佑輝くん、ありがと……」
「優秀な江藤さんが傍にいれば、俺がヘマしたときにフォローしてもらえるし、大抵のことは乗り切れると思うんだ」
(いい雰囲気になったそばから、何を口走ってんだコイツ――)
「勿論、俺もそれなりに頑張るよ。江藤さんにあまり負担をかけても悪いしさ。だけど何かあったときは、まずは江藤さんが最前線に出て二枚舌を使って論破する。俺はそのお手伝いをする感じがいいかなぁって。ん、あれ? どうして震えてるの?」
「…………」
「もしかして、さすがは宮本って感動しちゃったんでしょ。江藤さんに任せておけば、どんなことでもちょちょいのちょいと――」
抱きしめられた腕を渾身の力で振りほどき、満面の笑みを浮かべながら見上げてやった。
どうして、こんなバカなヤツを好きになってしまったんだろう。しかしながら大嫌いで堪らない気持ちを超えて好きになってしまった自分が、一番大馬鹿者だというのは分かる――
「佑輝くん、どっちの頬に愛情の一発を食らいたい?」
「へっ!?」
「俺様を盾にしようなんて百年早いんだよ。若い内は進んで苦労しろっ、コラッ!」
平手打ちをすると見せかけてのフェイク――素早く首根っこをとっ捕まえて抱え込むと、拳を使って頭上をぐりぐりしてやった。
「ひいぃっ、痛たたたっ……。どういうことだよ!?」
「これでもかと愛情を感じやがれ」
以前にはなかった、自分からこうやって笑いかけるなんてこと。誰かを好きになるって、こんなにも心が弾むものだったんだな。
散々ぐりぐりしてから腕を放すと、痛む頭を撫でて涙目になりながら見下してくる。そんな顔すら愛おしいと思うんだから、相当頭がおかしくなっているらしい。
「そんな不安そうな顔をするな。最前線におまえを押し出すが、俺様は後ろにいないから」
「うわぁ! 後ろじゃなくて、すっげぇ遠くで見守ってやるっていうパターンでしょ」
「バーロー。そんなことをするはずないだろ、バカだな本当に」
さっきまでつないでいた手を、ふたたび強くつなぎ直した。
「おまえの隣に並んで、荒波を蹴散らしてやるって言ってんだ。恋人なんだから、それくらいしてやるのが当然だろ」
「あ……。江藤さん」
不安そうにしていた宮本の表情がすぐさま生気に満ちた顔に変わって、くすぐったそうな笑みになった。
「だからって調子こくなよ。自分ですることは、自分でやるのが条件だ。分かったな?」
「分かった、ちゃんとやってみせる。家族への紹介も、きちんとやってみせるから」
「スムーズにしようとしなくていい。相手は自分の親なんだから敬語を使わずに、いつものように喋ればいいからな」
告げながらつないでいる手に力を込めて、玄関に向けて引っ張った。
江藤のアドバイスを受けて宮本は首を大きく縦に振り、一緒に並んで歩いて行く。
つないだ手をそのままに歩くふたりの姿は、これからはじまる明日(しょうらい)に向かって行くふたりの姿なのかあるいは――喧嘩ばかりしているけれど、つかず離れずにいるふたりの愛の形なのかもしれない。
【おしまい】
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