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「……すごい」
式の当日、天気は快晴。国の王子の結婚式ということで、城の周りには国中から人々が集まってきていた。城の上から群衆を見下ろした椛は、その圧巻の迫力に呆気にとられる。
「……本当に、僕が貴方の婚約者になってもいいんでしょうか……。みんな受け入れてくれるとは……」
「え? 何言ってるの?」
「……ほら、僕は男、」
そこまで言って、椛はハッと口を噤む。またあのバケモノが現れそうな気がして。
「あっ、いえ。なんでもないです」
なんとなく、予想する。きっと、みんな。
椛は民衆の前に姿を出した。今日は遠目からもはっきりと「男」だとわかるような衣装を着ている。それでも誰一人驚きの声もブーイングもあげることなく、温かい歓声を送ってきた。やっぱり、椛はそう思って、心の中のもやもやを払拭する。きっとこの世界が異常に自分に都合よく回っていることに対して、疑問を覚えてはいけないのだ。椛は一人、その答えをだす。
「ライン」
「ん?」
「僕……やっと、幸せになれるんだね」
「……ああ」
フラワーシャワーが舞う。抜けるように青い空の天高く、遠く彼方から降り注ぐ太陽の光が花弁を照らし、あたりは色鮮やかに染められる。白い衣装が風に靡く、拍手喝采が二人を包み込む。
「――俺は!」
ラインヴァルトが叫んだ。民衆の集中がラインヴァルトに向かう。
「俺は、一生をかけて、ナギを幸せにします!」
「……っ」
わっと人々がわいた。椛は辺りを見渡す。ラインヴァルトの親――つまりは王と王妃がにこやかに笑っている。ようやく婚約者をみつけた王子へ感涙する臣下たち。嬉しそうに笑う聴衆。自分が彼と結婚することによって、みんなが幸せになれるんだ。幸せをもらっているのは、自分だというのに。
思えばずっと、あの暗い塔のなかで暮らしていたんだ。嬲られ、虐げられることを幸せなのだとそう盲信して。あの小さな窓には広い世界が広がっていたというのに、そこから目を逸らしていた。嫌いになりかけた薔薇の香りも、こうして空の下で感じれば、とても爽やかで芳しい。太陽の光の眩まばゆさが、こんなにも心地好いものだとは思わなかった。
「ライン、僕も……」
「……!」
「僕も、ラインのこと、幸せにできたらいいな」
「……はは、」
ラインヴァルトは椛を抱き上げる。そして、ちゅ、と軽く口付けをした。
「――もう十分幸せだけどな。これからもっと、してくれよ!」
「……うんっ」
にこ、と笑ったラインヴァルトの顔に、椛は思わず泣いてしまった。これが幸せなときにでる涙なんだなぁ、なんてしみじみ思いながら、椛は笑う。
「……あ」
ふと、椛の涙が一滴、ラインヴァルトの目に落ちる。
「……あれ」
ラインヴァルトと、目があった。そう、目が見えないはずの、ラインヴァルトと。
「……ライン?」
「……ナギ、……俺」
ラインヴァルトが呆然としている。
「……見える」
「え」
「……目が、見える、ナギ、見えるよ、おまえのこと!」
「えっ、うそ」
椛は試しにラインヴァルトの前で手を振ってみる。そうすれば彼の瞳はそれに合わせてキョロキョロと動くではないか。椛は嬉しくなって、ラインヴァルトの顔を抱きしめた。急に抱きつかれたものだから驚いたラインヴァルトは、なんとか体勢を保ったまま、椛の胸に頬を寄せる。
「……おまえの涙が治してくれたんだな」
「……そんな、だって僕は魔法なんて使えないのに」
「んー。でもありえなくないよ」
「なんで?」
「だって――」
もう一度、目を合わせる。ラインヴァルトの蒼眼はきらきらと青空を映して輝いている。またこの綺麗な瞳が見ることができたことを、本当に喜ばしく思う。
「だって、ナギと出逢えたことが魔法よりもすごい、奇跡だから」
式は最後まで賑わって無事に終わった。城の周囲はフラワーシャワーの大量の花弁で埋まり、誰かが歩くたびにふわりとそれが舞った。
最後に、国中を馬車に乗って二人でまわる。寄り添う二人を、すべての人が祝福した。透明な風の匂い、温かい空の光、馬の蹄の音、人々の笑い声。ただ馬車に乗っているだけだというのに、それはそれは幸せな時間をすごした。
「ライン」
「なに?」
「……愛しています」
「……うん。俺も、ナギを愛しているよ」
国中が幸せに包まれたその日から、ぱったりと姿を消したという人物が一人。闇の中に住んでいると言われた一人の魔法使い。
……彼の行方を知るものは、いませんでした。
愛籠ラプンツェル――end
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