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なかみ

 ひとりきりの部屋でただひたすらパソコンに向かう。自分にはこれしかないから。  情報を、情報を情報を情報を。端から集めて集めて詰め込んで、なあ、ほら、おまえのために。おまえに必要としてもらうために。おまえだけに。  ちょっと頼みたいことがある。おまえのその一言でオレは有頂天。オレはおまえが大好き。初めて見掛けたときから、そう、出逢う前から、おまえがオレを認識する前。オレがただ一方的におまえを知っていて、一方的におまえを愛した。  好き。  でも、叶うことがないことは知っている。報われることがないことなんて経験則から容易に想像出来てしまう。加えてどうだ、詳しく知るうちに明らかになったがあいつには意中の相手がいるじゃないか!  オレは二十余年という大して長くもないけど、もうコドモでもいられない人生の中で培ってきた諦め癖をフルに働かせて、あいつの隣にいるだけで幸せと思い込んだ。そしたらほら、おまえはおまえのテリトリーに少しずつオレを招き入れてくれて。たとえ仕事上だけの関係だったとしてもオレはおまえの近しい存在になれて。ああほら、幸せ。  でも、あいつの隣にいると見たくないものも自然と見えてしまうわけで。諦めてしまったからもう悲しくはないけど、なんというか、すごく、むなしい。 「おいミサキ、ちょっと」 「ノックくらいしろっつの」 「うるせーなぁ、おまえはいちいち」  感傷に浸って手の止まっていたオレを訪ねてきた男にオレはいつも通りに文句を垂れる。この男は単純だ。こいつはきっとオレの手が止まっているのを自分が止めたのだと思っているだろう、それでいい。オレの感傷はオレしか知らなくていい。オレがあいつを好きで、けどもう最初っから諦めていたなんて知っているのはオレだけでいい。なにせ、諦めてしまっているのだから。 「それで、なんの用だよ」  機嫌の悪いふうを装う、仕事の邪魔をしないでくれといったような仮面をかぶる。そうしたらこの男は、おまえなあ……と困ったような呆れたような顔をするのだ。ほら、思った通りだ。わかりやすい。 「ちょっと調べて欲しいことがあってよ」 「ふふん、トモナリ。おまえの情報網よりオレの情報網のほうが優れているってやっと認めたか」 「別に最初っから疑ってねーけどなに、その言い方。すっごい腹立つ」 「……」 「なぜ黙る」 「いや、なんか、こう、そんなふうに言われると、調子狂うっていうか……」  なんだよ、馬鹿にしやがって、って顔して悔しがって憎々しげにオレを睨み付けてくると思ったのに。その算段で次の言葉を用意していたのに。なんだかひどく予想外れの変化球にとっさに言葉が出なかった。 「なんだよそれ」 「いやほらだってトモナリだし」 「なんだとこんにゃろう」  ああほら、これだよこの反応。なんでさっきくれなかったんだ。たまにこの男はわからない。普段わかりやすい男に突然わかりづらい行動をされると、やりづらくてかなわない。 「そもそもオレはハッキングとかで潜り込んだりすんのは得意だけど細密なとこまで調べ上げんのはおまえのほうが得意だろ」 「どうしてたまに褒めるんだよ」 「なんで褒められて嫌そうなんだよ」  オレが顔をしかめると、相手も顔をしかめた。それでいい。不意に、ケータイが鳴った。デスクの上でちかちか点灯する小さな機械が発する音は個別に設定したもので、表示を見なくても誰からだかわかる。オレはテンションを二段階ほど上げて電話に出た。 「もしもしカズミ? どうかしたか?」  電話に出るのと同時にトモナリに背中を向けた。あいつがオレにどんな表情を向けているのかが少しだけ気になったけど振り返らなかった。 『今ちょっと平気か?』 「ああ、大丈夫だぜ」  相手には見えないけど、浮かぶ笑顔。 『急いで調べてほしいものがあるんだけど』 「お安い御用! 今口頭で伝えるんでいいか? メールのほうがいい?」  問いながらパソコンに向き直ってスクリーンセーバーを解いた。 『口頭でいい。それで、調べてほしいのが――』  カズミの言葉を聞きながら、途中だったページを残したまま新しいウィンドウを開く。カズミの求める情報を広大なネットの海から早急に、正確に掬い上げる。トモナリがじっとオレに視線を寄越してるのを感じたけれど、黙っているだけだったからオレも何も言わなかった。 『ふぅん……そういうことか。……どーりで。わかった』 「ところでカズミ、今どこにいるんだ?」 『図書館』 「……図書館?」  電話の相手の求める情報を差し出したあと、そういえばと問いかけるとあいつらしくあっさりした回答が返ってきた。 「調べものだったら最初っからオレに言ってくれればよかったじゃんかあ」 『ミサキだってヒマじゃないだろ』  そしたらカズミと直接いっぱいお話できたのにとちょっと残念に思って少しだけ不満げに言うと、オレを気遣ってくれる言葉が返ってきて、少しだけ、動揺した。それを誤魔化すように、声を上げる。 「……っ。カズミの頼みは最優先に決まってんだろ!」 『あ、そ』  そしたら、そう、その。言うと思ってたよとでも言いたげな呆れたような、いつも通りの物言いがオレは嬉しくって、また笑みが浮かんだ。カズミにオレのことが少しでもわかっていてもらえるのがすごく、すっごくうれしい。 『いつもより遠くまで出てるんだ。帰りに土産でも持って行ってやるよ。何がいい?』 「土産っていうほど遠くじゃねんだろ? カズミのオススメで頼むわ」 『めんどくせ』  聞こえた声は、あいつの口癖で、その声音は言葉のわりに楽しげだったから。あいつは何か、あいつのオススメであってオレの好きそうだなってものを買ってきてくれるんだなって思って、また嬉しくなった。あいつがオレのことを考えてくれる、オレのために時間を使ってくれることが嬉しい。そこからまたいくつか言葉を交わして、電話を切った。カズミが来るのが待ち遠しい。 「なあ」  そこでまた、部屋に入ってきたとき同様無遠慮にトモナリが声をかけてきた。なんだよもう、と、漸く振り返る。 「前から思ってたけど、やっぱおまえ、カズミのこと好きだろ」  トモナリの言葉に、オレは特に動揺することもなく、常から用意している言葉を並べる。もちろん、対トモナリ用のちょっと小馬鹿にした笑みも忘れない。 「あったりまえだろ? カズミってデキるのに偉ぶらないしちょっとカッコつけだけど茶目っ気あるっていうか可愛げ? あるしさ。嫌う理由ねーじゃん」 「そうじゃなくて」  オレの答えに、眉をひそめて言葉を重ねるトモナリに、少しだけ嫌な予感がしてオレも眉をひそめた。 「恋愛感情の話」 「……!!」 「ビンゴ」

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