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「――崩壊の音だ」
レイがぼそりと呟く。
「……?」
手を後ろ手に縛られ床に転がるラズワードは、レイの言っている言葉の意味がわからず、ぼんやりとレイを見上げる。そうすればレイは忌々しげに舌打ちをしてラズワードの腹部を思い切り蹴り上げた。強烈な衝撃にラズワードは咳こみ、息苦しさに瞳を涙で濡らす。
「おまえをこうして嬲って、おまえがその口から吐き出す声は……ワイルディングの崩壊の音だってことだよ」
「……どういう……」
「おまえはさ……その顔で出会う全ての人間を虜にして……その心を狂わせる。ワイルディングが狂ったのもおまえが原因、ワイルディングの崩壊もおまえが原因だ……!」
レイがラズワードの至るところを蹴りつける。どんなにラズワードが苦しそうな表情をしても、レイはそれを止めることはなかった。
「――なんなんだよ……! おまえ、なんで生まれてきたわけ!? なんのためにおまえは生きているんだよ、なんで生きる意味もないのにそんな容姿をもって生まれてきた!! ただ俺たちを不幸にするためだけに生まれてきたのかよ、おまえは何なんだ、おまえの存在意義はなんなんだよ!!」
「……知らない……知らないよ、俺は生きたくて生きているんじゃない! 生かされているだけだ! 生きていることに意味があるなら、それは俺の存在で不幸になった人たちに謝罪をすることくらいだよ、俺が生きている意味なんて、それくらいだよ……!」
「――くっそ、なんなら初めから生まれてくるんじゃねぇ!!」
レイが強くラズワードを蹴れば、ラズワードはその体を机の角に打ち付けた。机の上の花瓶が落ち、けたたましい音を上げて花瓶は割れ、植えてあった青い花が床に散る。はらりと舞う青い花びらは、ラズワードの目にスローモーションのように映った。
――青い鳥の、羽のようだ
ひらひらと無様に舞う花びらの背景に、歌が流れ込む。キン、と頭が痛みだすも、その歌は脳内で鳴り止まない。昔何度も歌わされたあの歌が、ガンガンと鳴り響く。
鍵は開いたわ
私は空を飛んで私の歌を歌うのよ
貴方の声が聞こえたら
私は貴方に空の香りを届けにいくわ
「おまえのせいで……俺の人生はめちゃくちゃなんだよ!」
――空の飛び方がわからない
「答えろよ、俺をめちゃくちゃにしたおまえの生きる理由を!!」
――誰の声も聞こえない
「おい、ラズワード!!」
――誰かに捧げるものなど持っていない
青い鳥よ、おまえは飛ぶために翼をもっている
なんて美しき青い羽、しかし羽ばたかなければそれは価値がない
おまえは飛ぶために生まれたのだ、飛んでいる姿こそが美しい
青い鳥よ、いつか空の香りを私に届けておくれ
――誰が歌っているの
「――還るため」
「あ?」
「――いつか……俺に飛び方を教えてくれた人に……空の香りを届けるため」
「……ッ!?」
小さく途切れとぎれに息を吐きながらラズワードの言った言葉に、レイは息を飲んだ。
『青い鳥』はワイルディング家の初代当主・ザカライアが、城に幽閉されていた姫に詠んだ詩だという。そしてラズワードが何度も歌った詩『返歌』はそれに対する姫のザカライアへの詩なのだそうだ。姫はずっと城の中にいて世界のことを何も知らず、ザカライアに出会って初めて「楽しみ」を、「愛」を覚える。「感情」を知り始めた姫はであった当初の数倍美しく、ザカライアはそれにひどく感動した。
ザカライアは美しい容姿という翼をもつ姫と出会った。そして「感情」という翼の使い方を姫に教えた。羽ばたいた姫は、ザカライアにとって何よりも眩しくて、ザカライアは姫と恋に堕ちる。
――俺のもつ翼は何
――俺はどうやって羽ばたくの
――誰に届けるの
「――いねぇよ……おまえが届ける相手なんて……! おまえを必要とする人なんか存在しない、みんなおまえのツラと体に惹かれて寄ってくる蛆虫なんだからな! おまえ自身を求める人なんかいねえ、おまえに飛び方を教えられる人なんかいるわけがない!」
「……いないのなら……俺は生きる意味がない」
窓の外で鳥がワイルディング家の惨状など知らずに歌っている。綺麗な歌声だ。目の前に落ちているしおれ始めた青い花びらか。外で優雅に歌う鳥か。そこに横たわる青い鳥はいったいどちらの姿を映 ずるのか。
「俺の生きる意味は……いつか出会う「貴方」に――」
青い鳥。その青年はそう呼ばれた。しかし、その本当の美しさは――まだ、誰も知らない。
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