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「――っていうのが今朝のラズね。超可愛いでしょ」
「いやおまえら頭沸いてんだろ」
「俺だけの超絶可愛いラズ……それが、それが……」
「いや聞けよ。おまえそんなに変態だったっけ? お兄さん悲しくなってきたんですけど」
「あれはどういうことですか……!」
「聞けって」
今宵はちょっとしたパーティー。レッドフォード家が支援している企業の新作披露の催しで、レッドフォード家の者たちもお呼ばれしているのだ。立食パーティーの形式をとる今回、ハルは適当にたくさんの人達とワイン片手に話をしたりしていたのだが、あるものをみつけてしまった瞬間、愛想を振る舞う余裕を無くし端の席でうなだれていた。そんなハルを見兼ねてエリスが話しかけてみればこの調子だ。
「ああ……そうだ……俺は知っている……ラズは……相手によって態度を思いっきり変えるってことは!」
「じゃあなんでここで今更のようにそんなにグチグチ言っているんだよ」
「あそこまで違うと俺のラズじゃなくなるみたいで怖いだろ!」
「おまえ頭悪いの?」
ハルの指差す先にいたのは、女性に囲まれたラズワードだった。ラズワードはハルの従者として着いてきたのだが、「せっかくだから自由にしていいよ」とハルが言って「ではお言葉に甘えて」とラズワードがハルのもとを離れていった瞬間コレである。人を惹きつけてやまない完璧なルックスはドレスコードのためにさらに磨きがかかっていて、更にハルのイメージを下げないようにと上手く立ち振る舞うものだから、女性が放っておくわけがなかった。青い瞳はマイナスのイメージを与えるものであったが、今のラズワードにはその瞳の色すらも魅力的に思わせるほどの雰囲気があった。
「貴方がハル様の従者さんですか? こんなに素敵な方を従者にできるなんて……さすがレッドフォード家ね」
「素敵だなんて、俺には勿体無いお言葉ですよ。まだまだハル様に見合うには自分は足らないと、そう思っているんです」
「あら……何をおっしゃってるの。こんなに美しい男性は見たことないですもの。貴方こそハル様に相応しいと思いますわ」
「嬉しいです、ありがとうございます。でも……貴女こそ美しいと思いますよ。その華やかなドレスを纏った貴女に、思わず目を奪われてしまいました。まるで春先に咲き誇る花のようで、甘美な香りが漂ってくる錯覚をおこしたほどです」
「ありえない! 何あのキザすぎる褒め言葉! 俺のラズじゃない!」
「イケメンが言えばどんなセリフでもかっこよく聞こえるんだよ……っていうかハルもさ、こういう場ではアレくらい臭い褒め言葉吐いてみろー。恥ずかしがらないで」
ハルとエリスは遠くからラズワードの様子を伺い続けた。エリスはふらふらと歩きまわって他の客人に愛想を振るまいながらであったが、ハルはその気力がなくてその場でずっと立っていた。ラズワードと付き合い初めてから完全なるダメ男になったなー……などと思いながらもエリスは何も言わずにおく。弟がここまで誰かに振り回されるのを見るのは初めてだったため面白い半分、嬉しかったのだ。ただ、社交の場でここまでラズワード「だけ」に夢中でいられるのは正直困るのだが。
「……?」
ちょっとくらい注意してやったほうがいいか、エリスがそう思い始めたとき、会場がざわめいた。人々の視線がある一点に集中し始める。
「……あれは……」
そこにいたのは、飛び秀でた容姿をもつ少女だった。人形のように美しい顔立ちと、華奢ながらもメリハリのある体つき、そしてふんわりとした髪が非常に愛らしい、恐ろしく目立つ少女。真紅のドレスをふわふわと揺らしながら彼女は歩き、わらわらと寄ってくる男たちを軽くあしらいながら、ハルに近づいていった。
「はじめまして、ハル様」
エリスはハルに話しかける少女を射抜くような目つきで見続ける。そんなエリスに不安を覚えたアザレアがエリスに近づいていって名を呼んでみても気の抜けたような返事しかかえってこない。
「エリス様……? あの……」
「あの女……」
「え?」
「……たぶん会ったことある……顔は記憶にないけど……あの気味の悪い魔力の波動……確実に俺は知っているはずなんだ……」
少女に話しかけられたハルが、タイムラグがありながらも少女と視線を交わした。会場の人間すべてを魅了するほどの美しい少女と間近に目が合っても、ハルはとくに態度を変えることはしなかった。落胆した気持ちのまま、気のない言葉を吐く。
「はじめまして……とても美しいですね……貴女にこうしてお声をかけていただけてとても幸せです……みんな嫉妬の目で俺をみてますよ……」
「ハル様にそんなことを言っていただけるなんてとても光栄です。……お隣よろしいですか?」
「ええ……どうぞ」
少女はすっとハルの隣に立つ。会場中の人々が二人に注目していた。レッドフォード家の男の隣に立っていても全く違和感のない美しい少女、そんな少女に話しかけられても動揺の一つも見せようとしないハル。しかし、その注目もパッと別のところに集まりだす。
そんな二人に近づいていく、ラズワードに。
「ハル様。グラスが空になっていますよ。おつぎしましょうか」
「ラズっ……」
この会場にきて久しぶりにラズワードに話しかけられたハルは、その嬉しさのあまり声がひっくりかえってしまった。しかしラズワードはにっこりと明らかに作り物の笑顔を浮かべるだけ。慣れた手つきでワインをハルのグラスにつぐと、すぐに少女に向き直ってしまった。
「はじめまして。ハル様の従者のラズワードと申します」
「……はじめまして」
ラズワードに声をかけられた少女は、じっとラズワードを見定めるように見つめた。近くにいる男たちとラズワードを見比べては、ぱちぱちとびっくりしたように瞬きをしている。
「……私、男性の容姿がどうなっていれば優れているのか、とかよくわからないけど……ラズワード様、貴方はとても美しいのですね。初めてみました、貴方のような方は」
「ありがとうございます。でも、貴女も本当に美しいですよ」
「え、ちょっと、ラズ」
さり気なく手を重ね、少女の瞳を見つめ、完全に少女を口説きにかかっているラズワードをみて、ハルが慌てたような声をあげる。しかしラズワードは気にすることなく、少女に「パーティーのあとお時間ありますか?」などと聞いていた。これにはハルもさすがにショックを受けて、静かに二人のもとを離れてゆく。
「俺もう死にたい」
「え、なにハル、あのすっげぇ可愛い子はいいの?」
「え、だってラズがとってったし」
ハルはふらふらとエリスのもとに寄って行って、意気消沈と言った風に座り込んだ。ハルの言葉を聞いてエリスとアザレアが遠くにいるラズワードと少女を見やれば、「あちゃ~」と落胆の声を吐く。
「いや~すげーお似合い」
「ラズワード、相変わらず女の子を口説くのが上手ね」
「相変わらず!? アザレアさん、ラズって昔っからやっぱりあんなんなの!? 女にだらしないの!?」
「いいえー? ずっと昔の話よ? それにラズワードは女の子口説くのは上手だけど、女好きっていうわけでもないし……あれはきっと……」
「おいアザレア、黙っておけって」
少女ににこやかに話しかけているラズワードの行動についてアザレアがその動機の予想を述べようとすれば、エリスがにやにやとしながら制する。
「だってハル様すごく落ち込んでいるじゃないですか……ラズワードはたぶん……」
「いいじゃん、みてて面白いし」
「エリス様性格悪いですよ!」
「……あれくらいで亀裂なんかはいんねーよ。恋愛事っていうのは自分でなんとかしてもらわねぇとな、大人なんだし」
エリスはぽん、とハルの肩を叩く。頭を抱えしゃがみこんでいたハルは、泣きそうな顔でエリスを見上げた。
「そんなに気になるなら後つけてみれば? あの後二人で抜けだすんだろ?」
「……いや浮気は知らないフリするのが幸せだっていうし」
「おまえ面倒くさいな! あとから一人でモヤモヤ考えるくらいなら全部見てからにしろ! 俺もついてってやるから、ほら、立て!」
エリスは無理やりハルの腕を引いて立ち上がらせる。それからもハルの額をつつきながら説教をしていた。そんな二人を横目に、アザレアはそっと離れてゆく。その表情はどこか、嬉しそうだった。
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