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*** 「起きろ……おい、小娘」  は、とリリィは目を覚ました。目の前に広がるのは真っ暗な世界。ついさっき自分はベッドに入って寝たはずなのに……とわけがわからなくなっておろおろとしていると、一匹の獣が近づいてくる。 「……グリフォン」  それは、ノワールの契約獣・グリフォンだった。ほとんど話したことのないグリフォンにせまられて、リリィはずりずりと後ずさる。 「……ここ、どこ?」 「おまえの精神のなかだ」 「……どうやって入ってきたの」 「私は特別な聖獣だからな。ノワールから抜けておまえのなかに入ることくらい、難しいことではない」  じゃあなんで私のなかに入ってくるの、そう言おうとしてリリィは口を噤んだ。先ほどノワールと話しているときに感じた、グリフォンの怒りの波長……それが関係しているに違いない。そう思ったのだ。 「……今日、ノワールに何があったの? なんで貴方はあんなに……」 「……リリィ。おまえは、ノワールを愛しているか」 「えっ?」 「答えろ」 「……うん。……結ばれたいとか、そんなことは思っていないけど……愛してるよ」  なぜそんなことを聞くのか……リリィが怪訝な視線をグリフォンに向けると、グリフォンは舌打ちをする。何かを思い出したように忌々しげに。 「……今、ノワールは……生きることを辛いと、死にたいと思うほどに苦しんでいる」 「……うん」 「おまえは……それでも、ノワールに生きていて欲しいと思うか」 「……あたりまえよ。どんなに苦しくても……生きて欲しい。そんなに苦しいなら……私が救って、生きたいって彼に思わせたい……私に、そんな力はないかもしれないけれど……」 「……それが、普通だよな」  グリフォンはため息をつくと、リリィに擦り寄ってきた。グリフォンは滅多に人に懐くことはなく、ノワール以外の人間は見下し、突っぱねる。こうして甘えるような仕草をしてくるなんて、グリフォンも相当悩んでいることがあるのだと……リリィはギクリとしてしまう。 「アイツは……アイツは、それなら死んで欲しいと……自分が殺してやると言ったんだ」 「え……?」 「ノワールはもう、そいつに依存しっぱなしだ。溺れるようにそいつに夢中になって、……見てられない。アイツといるせいで、ノワールのなかの死への願いが強まってゆく」  震えるような声でグリフォンが言う。それを聞いたリリィは、信じられないといった顔をした。 「え? あの、その……アイツって……その人は、なんでノワールのことを殺すなんて言うの? 嫌いなわけじゃないんだよね?」 「そいつもまた……ノワールのことを愛してる。おまえと同じようにな」 「……同じ?」  すうっとリリィの声が冷えていった。グリフォンはちらりと視線をあげて、リリィの表情を伺う。いつも、どこか淋しげな表情をしている彼女とはまるで違うーー冷たい怒りに満ちた瞳に、些かグリフォンは驚いた。 「同じなわけないでしょう……愛している人に死んでほしいなんて、願えるものじゃないわ。ノワールはその人といて、死にたいって想いを強めてしまっているの? そんな歪んだ愛をもった人のせいで……ノワールは、さらに苦しんでいるというの? 死んだ方が楽なんて、きっとノワールは思うでしょうけど、それでも生きたいって思わせたいって思うのが……好きってことじゃないの?」 「……っ」 「……誰、その人。ノワールをこれ以上苦しめるなら……私、許さない」  彼女に言って、正解だったとグリフォンは思った。自分とリリィのノワールへの想いはほぼ一緒だと、そう感じていた。愛するからこそ、生きていてほしい。だから……ノワールを愛しながも死へ引きずりこもうとするなんて……許せない。 「ラズワード・ベル・ワイルディング。以前この施設で奴隷候補として、ノワールが調教していた青年だ。現在は……」 「レッドフォードの付き人ね。……知ってるわ、会ったことがある」  パーティーでラズワードと会ったときのことを思い出して、リリィは苦虫を噛み潰したような顔をした。ノワールのことを、ただの調教師と調教される奴隷の関係では片付かないような……そんな表情で話していた。結局彼がノワールをどう思っているのか、明確な答えを聞くことはできなかったが……ああ、そうか、愛していたのか。 「……あの人がノワールが生きていく希望を邪魔するなら……私は、」  チリ、と空気が歪む。精神世界のなか、リリィの心の揺れがその空気に直結してしまっているのだろう。グリフォンはリリィから感じる――「普通」ではない魔力の波動に目を眇める。 「私は、ラズワードを殺すわ」

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