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「……」
日の光が部屋の中に差し込んできて、ラズワードは目を覚ます。隣に目をやれば、レヴィはいない。先に起きて、どこかへ行ったのだろうか。ラズワードはベッドを抜け出て、床に落ちたシャツを拾って羽織る。
「はあ……」
いくら魔術を覚えるためとはいえ……あの男に身体を弄られ放題弄られたことに、今更ながら頭を抱えたくなった。また自分はハルに悪いことをした。今回は事情があって逆らうこともできなかったとはいえ……ノワールのこともあった、すぐのこと。そろそろハルへの罪悪感も限界に達してしまいそうだ。
(そもそも魔術を教わろうと思ったのも、ノワール様を殺すためなんだよな……)
一体自分にとってノワールとはなんなのか。どうして彼がそこまで自分を動かすのか……見えない糸に操られるような感覚に、ラズワードは恐怖すらも覚えていた。
「ん……、」
ふと、ラズワードはベッドサイドにあるものに目をつける。昨夜、レヴィが自分の首元に突きつけてきたものだ。あのときは暗かったためよく見えなくて、ナイフかないかだと思ったが……
「……すごい」
それは、扇だった。ラズワードにとってはあまりみたことのないもので、物珍しさに興味がふつふつと湧いてくる。手にとってみると、見た目よりもずっと重い。何でできているのだろうか……鉄?色々と考えながら、今度はそれを開いてみる。そうすれば、思わずため息をこぼしてしまうくらいに見事な金の絵が描いてあった。
「……龍の絵、かな?」
「おい、なにをしている」
「うわっ」
レヴィのものを勝手に弄っていたところに、声をかけられる。突然現れた持ち主に、ラズワードはぎょっと肩を震わせた。
「す、すみません……綺麗だったので……」
「ん、ああ……それ?」
レヴィはつかつかと歩み寄ってきて、ラズワードから扇を取り上げる。そして、自慢げに扇に描いてある金の龍をみせつけてきた。
「これ、風姫 っていうんだ」
「扇に名前が付いているんですか?」
「ああ、この龍を描いた染師が名付けた」
笑うレヴィは、昨夜のような横暴な雰囲気はそのままに、どこか凛とした強さを感じさせた。扇に描かれた龍の立派さのおかげだろうか。
「まあ、そんなことより」
「?」
「これ」
レヴィはラズワードから扇を取り上げると、一冊の本を渡してくる。
「淫魔術のこと書いてある魔術書。まだものには出来ていなかったけど、感覚は掴めてただろ。あとは理論で覚えろ」
「あ……ありがとうございます……!」
レヴィはラズワードが本を受け取ると、じろじろと見つめてくる。なんだと思ってラズワードが後ずさりすれば、彼はため息をついた。
「あー……欲しいなあ」
「え……?」
「本当にマクファーレンのものになる気、ゼロ? 俺と一緒にくるつもりない?」
「……ないです」
「うーん、参った」
レヴィがガシガシと頭をかく。
レヴィと一緒に……というのは、恐らく神族を打ち倒すという話のことだ。その話自体には興味があったが、レッドフォードの者であるラズワードがそういったものに勝手に参加するわけにはいかない。ラズワードははっきりと拒否してやると、レヴィは諦めたようにため息をつく。
「ま、いいや。レッドフォード邸に帰ったらさ、おまえのご主人様に言っておいて」
「……はい?」
「レグルスではぶっ潰すからって」
「……」
……そうだ、この男。今度開かれる祭りのレグルスで、ハルと戦うことになる相手だ。昨日今日で、レヴィの魔術の知識を見せつけられていたラズワードは、少し恐ろしくなって来た。ハルがレヴィに負ければ恐らく……
「はい。伝えておきます。……でも、勝つのはハル様です」
エリスの予想によればレヴィはラズワードを欲してくる。そして昨日今日でレヴィが自分をマクファーレンに引き込みたいというのは嫌というほどにわかった。ハルが負ければハルと別れることになってしまう。
大丈夫、きっと負けない。ラズワードはハルを信じるように、心のなかで唱えた。
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