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*** 「……?」  地下牢の、最奥。奴隷候補たちの居る檻を抜けていったところにある、異彩を放つ檻。ロゼの収容されている檻だ。  ロゼ――彼女は、以前ルージュであった女だ。史上最強のルージュと言われており、非常に強く美しかった。その黄金色の瞳には、誰もが魅了されたという。しかし――彼女は、恐ろしすぎた。彼女の思想は施設にとってあまりにも危険であり、封印されたのである。  ロゼを封印したのがノワールであり、ノワール自身彼女との因縁が深かったため、封印した今も彼女を疎んでいた。だから、たびたびこうして彼女の様子を見に来てはいるのだが、不快でしかたない――が。今日は、なにやら牢の様子が違う。先客がきているらしく、すでに灯りがついていた。自分以外がロゼに用があるとも思えなかったノワールは、不快感よりも先に不信感を抱いたのである。 「――、――」 「それは、本当……?」 「ええ、そうよ――、――、きっと、貴女でも――、――」 (……この声)  身を潜め、ノワールは中から聞こえる話し声に耳をすませる。聞こえてくる声は―― 「リリィ……! そこで何をしているんだ……!」  リリィのものだった。 「ノワール……!?」  リリィはノワールの声に反応し、振り返る。ぎょっとした顔をして、ぱちくりと大きな瞳を瞬かせている。  ノワールはそんなリリィを見て、血が引いてゆくのを感じた。もう、遅い――そう思ったのだ。  リリィは、非常に繊細な少女だ。見た目の愛らしさそのままに、可憐な百合の花のように純粋で、そして儚い。リリィがロゼと何を話していたのかはわからないが、彼女にとってロゼは危険である。ロゼの毒牙にあっさりとやられてしまう――ノワールはそう思っていた。 「ノワール……なんでここに?」 「……俺が聞きたいよ……。リリィ、君の仕事はもう終わっているだろ。地下牢に用はないはずだけど?」 「……仕事が終わった時間に地下牢に入り浸っていたノワールに言われたくないんだけど」 「えっ」  ロゼの収容される牢から離れ、リリィがノワールに近づいてくる。ノワールはリリィに言われたことに思わず動揺して、口ごもってしまった。「地下牢に入り浸っていた」? 一体どれについてリリィは指摘しているのか。この、ロゼの牢の監視に来ていたことか、それとも―― 「神族の長である貴方がレッドフォード家の奴隷と逢引を重ねるのはどうかと思うけれど?」 「……な、」 「……冗談よ。貴方が禁を犯そうが誰かに告げ口をするつもりもないし、貴方が誰に魅入られようが知らないけれど……でも、あいつはだめ」  リリィは寂しそうな伏し目がちの瞳で、告げた。ノワールはただただ驚いて、何も言い返せない。自分とラズワードの関係に勘付かれていたというのもそうだが、リリィが自分と誰かの関係について口を出してくることなど今までなかったからだ。 「……溺れちゃ、だめ。ノワール」 「――リリィ、」  リリィがノワールを横切って、そのまま歩いていってしまう。ロゼと何を話していたのか、と問いただそうとしたが、リリィに言われたことがあまりにも衝撃的すぎて何もできなかった。  ……なぜ、リリィはあんなことを言うのだろう。ラズワードとの関係を深めて、なにが悪いというのか。もちろんラズワードはレッドフォード家の従者であるため立場上問題があるのだが……リリィはそういったことを指摘しているようには見えなかった。……そもそも、そういった立場のことも考えず彼に迫ってしまうこと自体が、おかしいのかもしれない。自分らしくもない――ノワールはそう気付く。 (溺れるもなにも――俺は、窒息して死にたいよ)  リリィの後ろ姿を見つめ――ノワールは、ただ立ち尽くす。

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