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***  ある日、レッドフォードのもとに神族から魔物退治の依頼が舞い込んできた。レッドフォード家のハンターであるハルに神族から依頼がくるということは、暗にラズワードへ依頼が来たということだ。それなりに危険の伴う仕事である。  場所は、ジュビアの村という場所。ほぼ一年中雨が振っているという変わった村で、あまり人は住んでいない。太陽が昇らない村だからだろうか、人々の精神状態は良いものでなく、村全体の空気が淀んでいる。  近頃、そのジュビアの村に魔物の巣が出来てしまったらしい。村から逃げるという気力もない人々が、次々に犠牲になっているのだとか。 「ランクは……レベル5。体長は3メートルほど。数は未確認。地面の中に巣を作っていると思われる――か」  その日は、ラズワードは一人で魔物退治に来ていた。さっと情報に目を通した限り、ラズワードほどの力を持っていれば労せず任務を達成できるだろうと測ったからである。むしろ同行者がいれば足手まといになりかねないため、こうして一人で来るのが一番よかったのだが。  事前に目を通した情報によると、今回の任務は絶対に「女性不可」らしい。なんでも、性別が雌の生物を見つけるとなりふり構わず生殖行為をしようとしてくる魔物だから――だとか。言われてみればこの村に来てから女性と会っていない――そう思ったラズワードは、この村の女性たちがどうなったのかを想像して身の毛がよだつのを覚えた。  村人たちから情報を集めて、ラズワードは魔物の巣があるらしいというところまでやってきた。雨でどろどろになった地面に穴が空いていて、どうやらそれが巣であるらしいことがわかる。 「……どうすればいいんだ」  しかし、巣がわかったところで、だ。魔物を退治できなければ意味がない。穴の中にいられては攻撃することもできないのだ。まさかこの巣の中に入っていくことなどできないし、どうしたものかとラズワードは頭を悩ませる。  魔力を流し込むか、それとも毒物を投入してみるか。何か刺激をすれば、魔物がでてくるかもしれない。  ラズワードは穴の前にしゃがみこんで、じっと耳をこらしてみた。特に声は聞こえないが……不気味な気配だけは感じるのでこれが巣で間違いないだろう。とりあえず、魔力を少し流し込んでみよう――そう思った時だ。 「えっ――」  ぐん、と急に体が持ち上がった。驚いて振り向けば、地面から巨大な触手のようなものがでてきていて、それがラズワードの腰に巻き付いている。 「まじか」  てっきり魔物は穴からでてくるものだとばかり思っていたが――迂闊だったようだ。触手は穴もないところから次々と飛び出してきてラズワードの体に巻き付いていく。やがて、体が出てきて――その姿が露わになった。 「……全長3メートルとか嘘だろ……」  「3メートル」なのは、触手一本の長さ。核となる部分まで地上に現した魔物の体は、10メートル近くはある巨大なものであった。 「……でかっ」  触手を持つ魔物は何度か見たことがあるラズワードであったが、ここまで大きな魔物は初めてである。神族がわざわざレッドフォードに依頼してきたことに納得して、ラズワードはどうやってこの怪物を仕留めようか思考を巡らせていた。  全身を凍らせるか――きっとこの魔物は凍らせたところですぐに氷を破ってしまう。攻撃するか――どこが中心なのかもわからないこの体では、なかなか急所に攻撃を当てることはできないだろう。それなら――全身の血液を、凝固させるのはどうだろう。それならば、そう魔力も使わないし確実に仕留められるはずだ。  とりあえず、この化け物を仕留める方法を決めたラズワードは、まず拘束を解かねばとため息をつく。手も足もとらえられてしまっているから、身動きがとれない。剣を抜くことができないため、攻撃に移れないが……。 「プロフェット使わないと余計に魔力を使うから嫌なんだ――、あれっ」  一応、一般論でいうと、魔力を持っていてもプロフェット――つまるところ魔力を体外に効率よく放出するための道具がなければ魔術を使うことができない。ラズワードのプロフェットが剣であったため、剣がなければ普通であれば魔術を使えないのだが――例外として、異常な魔力量を持つものであれば、剣がなくても魔術を使うことができる。あくまでもプロフェットは魔力を「効率よく」放出するための道具だ。「効率悪く」であれば誰でもプロフェットなしに魔術を使うことができる――ただ、魔術の威力が極端に下がるというだけで。つまり、ラズワードのような膨大な魔力を持っている者であれば、効率悪く魔力を放出したとしても、それなりの威力のある魔術を放つことができるということである。    ただ魔力の無駄遣いとなるその行為を、ラズワードはめんどうに思っただけであった。しかし、そうもいっていられない状況のため、仕方なくプロフェットなしで魔術を使おうとしたが――その瞬間、視界にとんでもないものが映ったのである。 「……リンドブルム!? なんかこっちくる……えっ、うわああ!?」  ラズワードの視界に飛び込んできたのは、リンドブルム――凶悪な飛龍である。通常、人間が住まうような村に現れることのない、恐ろしいドラゴンであり、こんなところに現れるのは異常事態。もちろん、神族からの依頼にこのリンドブルムの情報などなく。そのリンドブルムが、あろうことかラズワードをとらえる魔物のところまで飛んできて――一気に魔物を噛み殺してしまったのである。  凄まじいスピードで魔物を殺し切ったせいか、衝撃波と地鳴りが破裂したように広がって、勢いよくラズワードは吹き飛ばされた。ものすごい勢いで触手から解放されたラズワードは、そのまま地面に叩きつけられてしまった。一瞬、何が起こったのかわからなかったラズワードは、慌てて剣を抜いて突如現れたリンドブルムにそれを向ける。 「――え」  しかし。  リンドブルムは、魔物を殺すとそのままおとなしく地面に降り立って、それ以上暴れようとはしなかった。凶暴なドラゴンであるはずのリンドブルムが、魔力の塊であるラズワードを見て黙っていられるはずがないというのに――。   「――ずいぶんと無様な姿を見せつけてくれるじゃない、ラズワード」  ラズワードがリンドブルムの様子をうかがっていると、ひとつ――小柄な人影が現れる。砂塵のせいでその正体が一体誰なのか、しばらくわからなかったが――やがて。 「……ルージュ様……?」  砂塵が晴れ、一人の少女が現れる。リンドブルムは少女を守る騎士のように、彼女のそばを離れない。可憐な白いレースのワンピースを身にまとう少女はさながら姫のようであったが、ラズワードを見下ろすその瞳は女王のように気高い。 「リリィとお呼び。私は私としておまえを殺しにきたのよ――ラズワード・ベル・ワイルディング」

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