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 沙良は勢い良く自分の部屋まで走って行って――波折を引っ張り込むと、扉の鍵をしめた。波折は部屋についた瞬間にがくりと座り込んでしまって、過呼吸かと見紛うほどに荒く息を吐く。 「波折先輩、がんばった、波折先輩よく頑張ったよ!」  沙良は波折の背をさすりながら、激励の言葉を送ってやった。小さなチョコレートを一粒食べただけでもおかしくなってしまう波折は、やはりあの量のガトーショコラを食べてしまって大変なことになっている。よくこんな状態なのに夕紀の前ではなんでもないようなふりができたと、沙良は感心してしまった。 「さらっ……さら、……!」 「よしよし、波折先輩……もう俺しかみてませんからね、安心してください」 「抱いて……さら、抱いて、お願い……抱いて……」 「……」  すっ、と沙良は精神統一をする。ぎゅっと抱きついてきて「抱いて」と懇願してくる波折。しかしこれはチョコレートによる作用であって、一時的なものだ。波折には鑓水という彼氏がいて、ここで波折を抱いたら自分は間男になってしまう。  でも…… 「お願い……お願いします……抱いて、抱いてください……沙良……」  がくがくと身体を震わせ身体を丸めてしまって、額を床にこすりつけながらお願いしてくる波折。涙をながし、嗚咽をあげ……こんなにも必死に求められて、沙良の理性は崩壊寸前だった。 「さら……さら……!」 「……ッ」  ひどく、苦しそうだった。これは――抱くんじゃなくて、波折を楽にしてあげるだけ。沙良はそう自分に言い聞かせて……波折を抱きかかえ、ベッドまで運んでいった。 「あっ……」  波折をベッドに寝かせてあげると、沙良に身を委ねるように彼はくたりと沙良を見上げてきた。はあはあと波折が息をすれば、その胸が上下する。白い肌は蒸気してほんのりと紅く染まり、とてつもない色香を発していた。 「さら……」 「……どこ、触ればいいですか」 「さらの、好きなところ……」  ぐ、と沙良は生唾を飲み込む。本当に触れていいのか、そんな迷いがぐるぐると頭のなかに浮かんでくるが、もう引き返せない。波折のカーディガンを脱がせてやって、シャツ一枚にしてやる。そうすればぽつんと固くなった乳首がシャツの下で存在を主張していて、沙良はかあっと顔を赤らめた。ゆっくりとシャツの上から乳首に指を這わせて……乳頭を、くるくると円を描くように撫でてみる。 「あっ……あっ……」  ぴくん、ぴくん、と波折の腰が跳ねた。波折は一切の抵抗を示さず、ただ沙良から与えられる刺激を享受している。うっとりと目を閉じて、その唇から秘めやかな声を零してゆく。 「波折先輩……気持ちいい……?」 「ん……きもちいい……もっと乳首触って……」  そのままシャツの上から、乳首をつまむ。揉むように、くにくにと指先でその突起をこねくりまわせば、波折が手を口にあててはくはくと息をした。「もっと、もっと……」と呟きながら、波折は脚をもじもじとこすり合わせる。すさまじいほどに淫靡な波折の姿に、酩酊感のようなものを覚えて、沙良はきゅ、と唇を噛んだ。 「波折先輩……」  波折が悶えるたびにちらちらとシャツがめくれて肌が覗く。……目に毒だ。沙良ははあ、と息を吐いて――波折の服を脱がしにかかった。ベルトを外し、下衣を脱がせてゆく。下着を脱がせたとき……沙良は息を飲んだ。下着が、粘質の液体でびしょぬれになっていて、糸をひいている。ふる、と姿をみせた波折のペニスが、だらだらとカウパー液を流していた。 「先輩……ほんとうに、やばかったんだね……」 「沙良……」  波折の下腹部全体が、てらてらと濡れている。あんまりにも卑猥なそれに、思わず沙良のものも勃ってしまった。 「さら、……さらも、脱いで……」 「えっ……」 「さら……俺だけ、なんていやだから……」 「……こ、の」  こっちの気持ちも知らないで! そう悪態をつきたくなったが、波折を脱がせたのはこっち。ついでにいえばこのままだと下着のなかにだしてしまいそうだ。それはさすがに避けたいため、沙良もさっと服を脱ぐ。下だけ脱ぐのはなんとなく不格好か、と思ったからやけになって裸になってやった。  沙良が裸になって波折を見下ろせば、彼はぽーっとした顔で見上げてくる。あんまり裸をみられたくはない。制服の上からはかるだけではあるが、鑓水のほうが絶対にいい体をしているだろうから。男として体格で負けるのはなんとなく情けなくて、波折にじろじろと裸をみられることに抵抗を覚える。しかし、波折は馬鹿にするわけでもなく、嬉しそうな顔をして言うのだ。 「沙良のからだ……」  波折がぺた、と沙良の胸に触れる。残念ながらそこまで筋肉はついていない……が、それでも波折はうっとりとした表情を浮かべて沙良の身体を堪能している。 「さら、抱いて」 「うおっ」  ぎゅっと波折が背に腕を回して、抱きついてきた。沙良はバランスを崩しそのまま波折にのしかかってしまったが、ばふ、と勢い良く波折の上に飛び込んだ瞬間に波折が「んっ」と鼻にかかるような甘い声をあげた。耳元で、はあ、と波折が熱い吐息をこぼす。これはもしや……他人の身体に発情しているのだろうか。これからこの人に抱かれるのだ、と興奮している。それを感じ取ってしまった沙良は、ぐ、と下腹部が猛るのを感じた。  ――やばい、抱きたい。波折先輩とひとつになりたい。  でも……でも。だめだ、心が繋がっていないのに、セックスなんて。 「ごめんね、波折先輩……」  沙良は波折のことを掻き抱くと、波折の耳にキスを落とす。ぴく、と震えた波折に、こめかみ、まぶた、頬……と優しくキスをしていった。 「さら……?」  沙良は波折の脚を閉じてやって横に倒す。なかに挿れるつもりはないけれど、雰囲気だけでも。そう思って、沙良はぴたりと閉じられた波折の太ももの間に、かたくなったものを挟むようにしてねじ込む。波折の先走りでぬるぬるになったそこはさながら女性器のようで、それだけでもぞくぞくしてしまった。 「さら……いれないの?」 「だって、付き合ってないもん。俺たち」 「いれて……さら、そんなこといいから……いれて……」 「だめ……波折先輩。チョコレートでおかしくなってるだけだからね、波折先輩……」  いわゆる素股という行為。しかし、裸で抱き合ってするとなると、雰囲気は本当のセックスそのものだ。沙良はゆっくりと腰を引いて……ぐ、と突き出す。ぱん、と肉のぶつかる音がなると、同時に波折がひくっと震えた。本当に挿入してセックスしたらもっと可愛い反応を見せてくれるんだろうな、と考えると苦しいが、これだけでも沙良にとっては幸せだった。どうせ、これから波折と心が繋がることなんてないのだから。 「先輩……ちょっとだけ、ゆるして……ね、」 「んっ……あ、」  波折の首筋に散る鬱血痕。見ているだけでも不快なそれらの上に、沙良は口付ける。これだけついていたら……ひとつくらいつけてもバレないだろう。ちゅ、と強く肌を吸い上げると、波折は甘い声を漏らした。  そうやって首にキスをしながら、腰を振る。裸でぎゅっと抱き合いながら、ゆさゆさと波折の身体を揺さぶった。 「あっ、あっ、あっ、あっ、」  ギシギシとベッドが軋んでいやらしい気分になる。あんまり煩くすれば夕紀に気付かれてしまうのではないかと、控えめに腰をふって、波折の口も塞いでやる。そうしてひたすらに波折の太ももにペニスを出し入れし、波折の首筋を愛撫する。吐息と腰がぶつかる音とベッドの軋みだけが部屋を満たしてゆく。 「は、ッ……ぁ、……んっ、んっ」  じゅくじゅくと穏やかな快楽が下腹部に広がっていき、触れ合ったところが溶けてしまいそうだ。波折も顔を真っ赤にして、目をとろんと蕩けさせながら喘いでいる。 「んー……っ、ん、ん、」  沙良は波折のペニスをつかんで腰の動きに合わせて扱いてやった。波折の身体はびくんっ、びくんっ、といやらしく跳ねて……そして、沙良の腰の動きが早くなっていって、ほぼ二人同時に、精を放つ。 「ふっ……ん、ん……」  ぐったりとしながらぴく、ぴく、と小さく震える波折に覆いかぶさって、沙良はまた顔にキスの雨を振らせてやる。快楽の余韻がじんわりと脳内を満たしていき、たまらない幸福感が溢れ出た。一方通行の恋心であるとわかっているのにこうして身体を触れ合わせることに、幸せのようなものを感じている自分がひどく惨めに思えるが……波折の身体を抱いていると、気持ちいい。暖かくて、すべすべしていていい匂いで。首元にすりすりとしてくれるのがまた可愛くて、離せない。 「……波折先輩」  あなたは、ひどいひとだよ。  鑓水先輩の前ではどんな顔をするの、鑓水先輩の前ではどんなふうに乱れるの。俺の気持ちを受け入れる気がないくせに、こんなこと俺にさせないでよ。 「さら……もっと、ぎゅってして」 「……先輩」  図書室で鑓水が言っていた言葉を思い出す。『アイツを欲しいなら、もっと狡猾に生きろよ。純心なままじゃあ、あの頭おかしい奴をものにできないと思うぜ』なんて。たしかに波折は普通の人とはどこか違うかもしれない。こんな変な体質をもっていて、好きでもない人に触れられることに悦びを感じて。でも――でも。  ……俺はただ、波折先輩のことを好き。哀しいこの人を、優しく包んであげたい。普通の愛で、この人を抱きしめたい。 「……すきだよ、先輩」  目頭が熱くなってきて。沙良は波折の頭に顔をうずめた。

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