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綺麗に晴れた朝だ。満員電車を降りれば、清々しい風が気持ちいい。久々に一人で登校しながら、波折はぼんやりと空を見上げていた。
――鑓水は俺を、好きだと言う。
こんなことになるのなら、初めから彼を拒絶すれば良かった……波折はそう思って胸が苦しくなった。少しずつ彼と距離が縮まっていって、彼の抱えるものをみてしまって。どうしても苦しんでいる人を放っておけない性分のせいか、彼を慰めるような真似をしてしまって。あんな義理などかけていなければ……今頃彼は自分のことを好きになんてなっていなかったかもしれない……なんて、激しい後悔の念が押し寄せてくる。
「……ッ」
彼が身を挺して自分を守ってくれたときのことを考えると、哀しくなる。あんなにも、必死に守ってくれた。彼はあんなにも、自分を好きになってしまった。
錫のあの行動に加担したのが「ご主人様」だと知っていながら、黙っている自分は彼に対してあまりにも酷いことをしていると思う。これから先も、きっとこうして彼を裏切って、最後には離れてゆく。
鑓水が本気になるまえに、彼からそっと離れなくては。波折はそう思ったが……
(……離れたくないな)
昨日のキスを、忘れられなかった。最近の、頭がびりびりしてくるキス。鑓水が好意をぶつけてくるようになってから、なんとなく鑓水のキスは変わった。あれがたまらなく苦しくて波折は嫌いだったが、同時にもっとして欲しいと思っていた。
――だめだ、慧太とこれ以上の関係にだけはなっちゃだめだ。
ふと沸き上がってきた、鑓水への想い。自覚しそうになったそれに、焦りを感じた。
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