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役割の交代の時間がやってきて、沙良もほかのクラスの出し物をみてまわることにした。同時に交代となった翼と一緒だ。
とりあえず、波折のクラスにいってみたいと二人で意見がそろった。男も女装して参加するという、メイド喫茶。波折の女装姿がみたいと、一瞬で目的地は決定してしまう。
「生徒会長もさ、ずっとメイドやってるわけじゃないからタイミング大事だよな」
「……たしかに」
言われて、沙良は気付く。自分がクラスの手伝いをしている間に波折の番は終わってしまっている可能性があるということに。それだったら最悪だなあ……と思いつつ、とりあえずそのクラスに向かってみる。
二年の階まで登って行って……波折のクラスの前には、やたらと人だかりがたまっていた。うわ、すごい混んでる、と二人がうんざりとしかけたときだ。
「冬廣くんの女装だって!」
「えっ、やばい! はやくみたいんだけど!」
沙良と翼の横を女子たちが走り抜けてゆく。二人は顔を見合わせて、慌てて自分たちも波折のクラスまで向かっていった。
「……あれか!?」
波折のクラスの入り口には、長蛇の列ができていてすぐに入れそうにない。「30分待ち」の看板がたっていてテーマパークか! と突っ込みたくなってしまう。とりあえず二人は最後尾に並んで、廊下側の窓から中をちらりと覗いた。
教室の、前の方におかしな人の塊。食事をするためのテーブルはあるのに、みんなそちらに集まっている。そこからちらりとみえたのが、メイドのつけているブリム。人だかりの中心に、メイドがいるのだろう。カメラのシャッター音がしきりに鳴り響いていて、撮影会のようになっている。
「あ、知ってる? このメイドカフェ、男子にはお触りOKらしいよ」
「なん…だと…」
「つまり……あの中心にいるあれが生徒会長だったら今、めちゃくちゃ触られているってことだ」
「め、めちゃくちゃ……触られている……」
「あのふわふわの服の中に手を突っ込まれたり太もも撫でられたり!」
「波折先輩のもち肌を!? みんな堪能してるの!?」
「……かもしれない!」
「ちくしょうゆるさない!」
メイド姿の波折にみんな欲情しているというとんでもな妄想をして、沙良はやきもきとしてしまった。そして同時にちょっぴり興奮。みんなの前で触られてまくって、気持ちいいのに必死で耐えている彼はそれはそれはエッチな顔をしているんだろうな~、とにやけてしまう。
そうこうしているうちに、沙良と翼も中へ案内された。ドキドキしながら、教室に足を踏み入れる。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
(で、でたー! メイドカフェっぽいやつ!)
入り口で、女子のメイドが出迎えてくれる。テレビとかでしか聞いたことのないその言葉を聞いて、沙良は軽く感動してしまっていた。
中に入って案内された席につく。中は案外空いていて……というか、教室の前の方だけにたくさん人が集まっている。メニューを持ってきたメイドの女子は、にこにことしながら沙良たちに話しかけてきた。
「こちらメニューでございます」
「あのー……あそこにいるのって、」
「はい、うちの看板娘です」
「看板ムスメ」
「お席をたって、一緒に写真を撮ったりしても大丈夫ですよ」
「看板娘」と言われたそのメイドは……どう考えても波折だ。相変わらずたくさんの人のせいであまり姿が見えない。ただ、「生徒会長」やら「冬廣先輩」やら声が聞こえてくるため、そこにいるのが波折だと見なくてもわかる。とりあえず二人は飲み物とちょっとしたお菓子を頼んで、すぐにやってきたそれを味わいながら波折のいるところを遠巻きに眺めていた。
「冬廣、おまえ女装いけんじゃん!」
「っていうかおまえ肌すべすべだね!?」
「冬廣くんかわいいー!」
なんだか不穏だな~……と沙良が冷や汗を流していれば、二人の男子生徒が自分の席まで戻ってくる。
「や、やばい……冬廣めっちゃ可愛かった……」
「俺男に目覚めそう」
「ちょっとあの冬廣には正直興奮した」
「俺も」
ぼろ、と沙良の手元からくだけたクッキーが落ちる。
やばいみんな波折先輩の可愛さに気付きはじめてしまったこのままでは波折先輩がみんなにセクハラをされまくってエッチなことになってしまうそれは阻止せねばまじエッチな波折先輩とか平気だから!!!!!!
「翼、俺達もいこう」
「お、おう、まって飲み物だけ飲ませて」
妙な危機感を覚えて沙良は翼を連れて波折のもとに向かう。わらわらと人があつまるそこになんとか入り込んでいって、ぐっと首を伸ばすと……いた。メイド服を着た波折。まわりの女装メイドをみるとあえてカツラはかぶらないスタイルなのか、地毛にそのままブリムをのせている。そして、露出の少なめのメイド服。スカートはひざ上10センチほど。
「……可愛い」
「……っ、沙良!? あっ」
思わず素直な感想を沙良がつぶやけば、波折が沙良の存在に気付いたらしい。ばっと沙良と翼のいるほうに顔を向けたが……すぐにまた違う方をむいてしまった。ひどい、と思ったが、どうやら波折はそれどころではないようで。周囲の男子生徒から「おさわり」されまくっているのだ。
「冬廣、おもったよりおまえ可愛いな!?」
「ちょっ、触りすぎだから! んっ」
「反応も可愛い……」
後ろから胸を揉んでみたり、スカートの中に手をいれてお尻を撫でてみたり。さすがに女子はそこまでやる勇気はないらしいが、いつもとは違う波折の姿に顔を赤らめてみている。
「~~っ」
もともと感じやすい波折は、そんなふうにもみくちゃにされて大分参っているらしい。声が出るのを必死に堪えて、ぷるぷると震えている。正直エロいその姿に沙良が呆然と動けないでいれば、波折がなんとか自分におさわりをしまくってくる男子たちを振りきって、沙良のもとに飛び込んでくる。
「た、……たすけろよ!」
「あっ……すみません、うっかり」
「確信犯だろ、この……!」
そうとう余裕がないらしい。波折がぜーぜーと言いながらいつもの人前の優雅さはどこかに置いてきて沙良を見上げている。沙良はそんな波折をみていて、どうにもふつふつと嗜虐心が湧いてきてしまって困った。すっごいエッチなことしたいと思いつつ、さすがにこんなに人の目があるところではやれない。うーん、と悩んだ結果、ちょっとした意地悪を思いつく。
「……先輩、先輩はメイドだから俺にちゃんと敬語使わないと」
「うっ……」
「せーんぱい」
いいぞいいぞ、と周りの生徒がわくわくとした眼差しを向けてくる。どうやらみんな考えることは一緒らしい。あの王子様の人に下る姿をちょっとみてみたい、なんて思っているのだ。
波折は悔しそうに沙良を睨み上げて、そしてばふ、と沙良の胸に顔をうずめて呟く。
「助けてください……沙良様」
「……!!」
――やばい、勃つ!
自分で言えと言っておいて、その破壊力に沙良はたじろいでしまった。周りでピロンピロンとカメラのシャッター音が鳴り響いているのがまた、思考を邪魔する。
沙良が固まっていると、後ろから誰かがぽんと肩を叩いてきた。振り向けば、メイドさん。彼女はにっこりと笑って、言う。
「冬廣くん、そろそろ休憩させてあげたいから連れてって大丈夫だよ。助けてあげてね、沙良様」
「……は、はい」
一番の目玉とはいえ、さすがにここまでへとへとの波折をこれ以上酷使はできないのだろう。波折に気を使ったらしい彼女がそんなことを言ってきた。沙良はお言葉に甘えて、食事のお金を払うと波折と翼を連れて教室を出て行った。
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