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お昼を少しすぎたころ、沙良たちの出番が近づいてくる。リハーサル室で最終調整を行った後に、会場となる体育館へ向かった。出演者用の裏口から入ってみれば、すでに違うグループのパフォーマンスをしている音が中から聞こえてくる。沙良たちと同じようにバンド演奏をしているグループだったため、なんだか緊張を煽られてしまう。
「あ~緊張する」
「歌詞間違えんなよ」
人前で演奏することが久々な沙良も他のメンバーと同じように緊張してしまう。少し指先の感覚がなくなってきたな~、と思っていれば、メンバーの一人が扉の隙間から客席を覗き始めた。
「なにやってんの」
「生徒会きてないかな~って」
「えー、ここからみえないんじゃない」
他のメンバーも緊張をほぐしたかったのか、一緒に客席を見始めた。沙良もつられて一緒に覗いてみれば……
「あっ」
生徒会のメンバーは、あっさりと発見することができた。波折だけでなく、鑓水や可織、そして月守も。生徒会のメンバーがまとまって客席の前のほうにいたのだ。これはかなり緊張するな、と沙良が思っていると、なんと波折がこちらに気付いてしまう。沙良とバチリと目があって、そしてふっと笑って手を振ってきた。
「ウッ……」
「ど、どうした沙良!」
「……勃起しそうになった」
「まじかよ! おまえもなかなか重症じゃねーか!」
手を振ってくるレア波折をみることができたメンバーは、みんなで騒ぎ出す。手を振られた沙良本人だけでなく、みんなでぎゃーぎゃーとしだすものだからいつのまにか緊張はとけていた。
「波折ー、どうした?」
「あそこに、沙良がいた」
「ほお」
客席にいる生徒会のメンバーは、沙良の登場を待ちわびているらしい。波折以外は沙良が楽器を演奏するところを見たことがないから、というのもあるだろう。
「あれ、波折さん!」
「?」
ふいに、波折が誰かから声をかけられる。はっとして声のしたほうをみれば、そこには夕紀とその友人らしき女の子が立っていた。鑓水が「誰?」という顔をしていたため波折はこっそり「沙良の妹さん」と教えてやる。
「こんにちは波折さん!」
「こんにちは」
「波折さんのクラスいきましたよ! 波折さんいなくて残念でしたけど」
「う、うん」
隣で鑓水が「波折がいるときにいけば波折のおっぱい揉み放題」とか言っているため波折は鑓水を小突く。夕紀は首をかしげながら波折のもとに寄ってきて、さらに話を続けた。
「お兄ちゃんのバンドみるんですか?」
「うん」
「お兄ちゃん鍵盤楽器とっても上手なんですよ! 取り柄それしかないし」
「そんなこと言ってやらないで」
にこにこと笑っている夕紀を、波折は撫でてやる。夕紀はわー、と顔を赤くしながら嬉しそうにはしゃいでいた。そうして話をしているうちに次のパフォーマンスがはじまる、というアナウンスがなってしまう。夕紀たちは「じゃあね波折さん!」と言って後ろの方の空いている席に向かってかけていった。
おちていた幕があがってゆく。それと同時に客席は拍手で湧いた。ステージに、バンドのメンバーが立っている。ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムの五人構成。服装は私服。一個前のバンドは黒を基調とした派手な私服だったのに対し、沙良たちのバンドの服装はカジュアルな私服。なんとなく服装でバンドの傾向もわかるなあ、と波折がぼんやりと眺めていれば、ボーカルの北村がMCを始める。
『はじめまして、vientoです! 僕達はボーカルの北村、ギターの舞岡、ベースの比木、キーボードの神藤、ドラムの結城の五人で構成されるバンドです、よろしくお願いしますー! 時間もあんまりないのでさっそく演奏させていただきますね!』
一個前のバンドは『イエーイ! 俺達はRISING! 夜露死苦!』みたいな挨拶ではじめていたものだから、ずいぶんと温度差があるな……と波折は少し笑ってしまった。沙良たちのvientoというバンドはどうやら爽やか路線のようだ。キーボードがいる時点でゴリゴリのロックという可能性は大分減るのだが。
『一曲目はER(最近若者にはやりのバンドグループ)の『I'll go ahead』です!』
北村の紹介と共に、ドラムスティックの合図が鳴り響く。
イントロがなりはじめ、客席が沸く。そこまで流行りに興味のない波折は初めて聞いた曲だったが、綺麗な曲調のいい曲だな、と思った。一つ前のバンドのロックなのかパンクなのかよくわからないがとにかく激しい曲を先に聞いていた波折は、沙良がそういうものを演奏したらどうしようと考えていたため、ほっとしてしまう。キーボードの効いた爽やかな曲調が、沙良たちによく似合っている。彼らの奏でる音楽は、聞いていて心地よいような、そんな音楽だった。
「上手いじゃん、神藤」
「うん」
「なんかバンドってTHE・青春って感じがしてみててなんかぎゅーってなるわ」
「慧太も普通に青春する歳じゃん、大人みたいなこと言って」
「いやー、俺に青春なんて似合わないし」
波折がちらりと鑓水の横顔を窺い見る。
青春が似合わない。ああ、そういえば鑓水は少し歪んだ環境で育っていたんだったかな、と思い出す。
「……」
それをいったら、自分も同じだ。青春を謳歌するような、そんな環境で育ってなんかいない。
ああいった、きらきらしたなかを生きる彼に自分は、似つかわしくない。
楽しげに手拍子をする周囲の観客と、演奏している彼らがまるで別世界の映像のような、そんな錯覚を覚えた。いま、自分はこのなかに溶け込んでいるのだと、その事実があまり実感できない――
『ありがとうございましたー!』
二曲目も歌い終わった時、北村が再びMCに入る。時間制限を考えるとあと一曲、といったところだろう。トリで何を歌うのだろうか……波折がそう思っていると、北村が沙良を手招きして、自分の隣に立たせる。
『次で最後の曲なんですけど、次の曲はなんと神藤が書いたオリジナルです!』
「まじか」
北村の言葉に、生徒会のメンバーはみんな驚いた。あいつ作曲できんのか、と。波折も沙良がそこまでできるとは思っていなかったため、びっくりしていた。
『ちなみに歌詞も神藤が書いています! 神藤くん、どういった想いをこめて書いたんですか?』
『えーっと、俺の好きな人のことを想って書きました』
『えっ!? 好きな人!? おまえこの曲渡してきたとき「なんとなく書いた」とか言ってたじゃん聞いてねえよ!』
好きな人、それを聞いて波折がかあっと顔を赤らめる。そんな、一昔前の青春ドラマみたいなことを自分がされるなんて思っていもいなかったのだ。思わずドキドキとしてしまって、恥ずかしがればいいのか困ればいいのかわからない。隣に座っている鑓水にいたってはにやにやとにやけている。
『好きな人、ここにいる?』
『います』
『えー、じゃあなにかここで言ってよ。告白でもいいよ』
周りの客たちが、きゃーきゃーと騒ぎ出す。「神藤くんって好きな人いたんだ」とか「こっちまでドキドキしてくる~!」、とか。女子なんかにとってはきっと憧れのシチュエーションなんだな、と思いつつ波折はそろそろ恥ずかしさの限界に達してきて俯いてしまう。それをみている鑓水からすれば(そんなことやってるの周りにおまえだってバレるぞ……)と言いたくて仕方なかったのだが。
『いや……特別なことは言いません――先輩、好きです』
「……っ」
ぱち、と波折と沙良の目が合った。波折はかあっと頬を紅潮させて固まってしまう。ステージの上で、沙良が照れたように、微笑んだ。
『うわー! 甘酸っぱい! その先輩にでてきて欲しいところだけど時間ないから、じゃあ神藤くん曲の紹介お願いします!』
『あ、はい。『青い春』です』
沙良がキーボードのところへ戻ってゆくと、早速曲がはじまった。周りの観客が「素敵」と言っている中、波折はきゅ、と唇を噛んで黙って聞いていた。
タイトルに相応しい爽やかなイントロから入り、そして軽快な歌がはじまる。北村の声質がさらっとしているのと曲調のせいで甘ったるくは聞こえないが、歌詞がなかなかにストレートな恋の詩だ。ところどころ自分との思い出が歌詞に混ざっていて、本当に自分に向けて書かれている曲なのだと感じ取った波折はますます顔を赤くする。よく聞いていけばバンドメンバーそれぞれにソロパートがあって見せ場を用意してあげていたりと、沙良の作曲の技巧なんかがわかるのだが……今の波折にそんなことはわからない。
「……」
まっすぐな、恋のうた。よどみがなくて、きれいで、きらきらしていて。そんなものが自分に向けられて、なんだかどうしようもなくて。
「……なんで、俺のことなんか好きなの」
「波折?」
ぼそ、と波折が何かを呟いたから鑓水がはっと波折のほうに顔を向ければ……波折は俯いて、泣いていた。
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