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沙良に抱きしめられたぬくもりが身体に残っている。シャワーを浴びているとそれが削ぎ落とされていくようで、なんとなくさみしい。
沙良のことを考えていると、どんどん自分が「ご主人様」から離れていくような気がして怖かった。普通の高校生なりたい、とか、みんなとずっと笑い合って一緒にいたい、とか。「ご主人様」と一緒にいてはおよそ不可能な望みがどんどん溢れてくる。
今まで、そんなことはなかったから、怖くなった。この心は「ご主人様」につくられたものだから、「ご主人様」の意図しないことは考えないはずだった。なのに、新しい何かが生まれて、そして「ご主人様」の存在に雁字搦めにされて藻掻いている。
――俺は、にんげんだったのかな。
化け物だとばかり思っていた。自らの望みもなにも持たない、「ご主人様」のためだけに動くお人形だとばかり。
でもにんげんだからなんだと言うのだろう。今更、何を望もうが、もう俺はだめなのに。「ご主人様」に敷かれたレールの上を走るだけの自分が、勝手に道を逸れて生きていくことなんてできるわけがない。いつか、どこかで、壊れてしまう、そんなオチが見えている。そうだというのに。
ああ、やっぱり俺はこの世界からは抜け出せない。抜け出せない。抜け出せない。
「ご主人様」に逆らうように、ぽつりと心のなかで叫ぶ。
――沙良、たすけて。この世界から、俺をたすけて。この世界から、俺を消して。俺を、殺して。
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