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第72話
約束はしていない、でも事前に会いたいと使用人に伝言を頼んでもまた会ってくれそうになかった。
だったら突然訪問した方が会える確率が高かった。
部屋を出れるか不安だったが試しにドアノブを捻り押すと簡単に開いた。
騎士さんは俺がこの部屋に来る事を知らなかったからこの部屋のドアに魔法は掛けなかったようだ。
俺は騎士さんが来るかもしれないから素早く部屋から出て廊下を歩いた。
父の居場所が分からない、何処だろうか。
いつもは部屋にいるだろうがどうだろう。
とりあえず父が居そうな父の部屋のドアをノックしたり食堂を覗いたりしたが父はいない。
後は何処だろう、母とか姉の部屋?うーん…
歩いていると使用人の人とすれ違った。
普通の使用人と違い動きやすい服装に隙のない立ち振舞い、きっと戦闘用の使用人なのだろう。
二人で話し込みながら歩いていて俺に気付いてないようだ。
「さっそく次の作戦決まったみたいだな」
「英雄ラグナロクはもう騎士団の手の中だから当然だよな」
次の作戦?俺は何も聞いていない。
英雄ラグナロクの事件の後なにがあっただろうか。
ゲームでは英雄ラグナロクは死にトーマ達騎士団を怒らせて、シグナム家と本格的に戦う決意をした。
でも実際は英雄ラグナロクは生きてトーマ達に捕らえられたし、どうなるんだろう。
俺と姉はトーマの前に立ちはだかり邪魔ばかりをする…ゲームでは…
今帰ってきたばかりだから後で俺にも作戦の話をするだろうか。
足は自然と会議室の方に向いていた。
作戦を話し合っていたならまだいるだろうかとそう思った。
そして会議室のドアに近付くと怒鳴り声が聞こえて慌てて会議室に近付く。
「お父様!私は納得出来ません!」
その声は姉の声だった。
いつもの余裕そうな感じとは違い焦ったような声だった。
盗み聞きは悪いと思いつつ俺が入ったら何を揉めてるのか聞けないだろうと思い耳をドアに近付けた。
姉にも作戦を説明したのだろう、でもこんなにも姉が嫌がるなんてなにがあったんだ?
次の作戦って何なんだ?
父は呆れたため息を吐いた、姉をあんなに溺愛していたのにと驚いた。
「いい加減にしなさいヴィクトリア」
「だって、だってお父様にもお母様にもお話したじゃないですか!私はトーマが好きで将来トーマをシグナム家の婿に…」
「トーマ・ラグナロクには英雄の血が混ざっている、婿にはならん」
姉の言葉に父はばっさりと言い切った。
……トーマの話?じゃあ、もしかして次の作戦は…
ゲーム通りならトーマの敵だから当然なんだろう。
でも、俺はトーマに武器を向ける事が出来ない…それがたとえフリだとしても…
俺も姉に負けないぐらいトーマが好きなんだ、だから姉の気持ちはよく分かる。
好きな人を傷付ける事なんて出来るわけがない。
「ヴィクトリア、お前のわがままにはいい加減うんざりしている」
父の冷たい声が部屋に響いている。
自分が言われたわけじゃないのに俺は背筋が冷たくなり顔を青くした。
俺がこうだから当事者である姉はもっとショックを受けているだろう。
姉は何も言い返せなくなり黙ってしまった。
父は何故今まで箱入り娘のように大切に育ててきた姉を突き放すような事を行ったのか。
そして手のひらを返したように俺に使用人が優しいのか…なにか繋がっているのか?
「お前はシグナム家の子だと堂々としていたいならあの男の事は忘れろ、あの男はお前を好いていない」
「…っ」
とどめのようにその言葉が突き刺さり姉はこちらに近付いてくる。
盗み聞きしていた後ろめたさでつい観葉植物の裏に身を隠した。
よく見たら丸見えだが、姉はそれどころではなく会議室の扉を乱暴に開けて飛び出して何処かに向かった。
俺はゲームのヴィクトリア・シグナムの事をあまり好きではなかった。
恋路を邪魔したり、誰かを傷つけても悪びれる様子もないし…それは現実のヴィクトリア・シグナムも同じだって思っていた。
でも俺は、何故だかほっとけなかった。
姉が涙を流していたから…弟として、姉を追いかけた。
姉は俺を弟だとは思っていないだろうが、俺にとっては家族の一人で幸せにしたい人の一人でもあるから…
姉の後ろにいた筈なのに突然姉がいなくなり、見失っただろうかと慌てて周りを見渡すと庭のベンチに座る黒髪の少女が見えた。
「…姉さん」
「覗き見なんていい趣味ね」
庭に入り姉に呼び掛けるとバレていたのか嫌味ったらしく言われた。
でも声が震えていて、全然嫌な気分にはならなかった。
それどころかこちらまで悲しくなっていた。
「いつからバレてたの?」となるべく明るく聞くと「アンタ隠れるの下手」と言われてしまった。
どうやら観葉植物に隠れるのがダメだったようだ。
なら父には俺が盗み聞きしていた事はバレてないようだ。
父に異変の原因を聞くつもりだったけど、父にはいつでも聞けるだろう。
とりあえず姉が俺への態度を変えてなくてホッとした。
もしかしたら姉は何も知らないのかもしれない。
「アンタ、作戦の時何処にいたの?」
「…えっ、いや…そのー」
「もうどうでもいいわね、そんな事…」
姉は諦めたような顔をして下を向いていた。
俺に泣き顔を見せないためだろうが涙がポタポタと手のひらに落ちている。
暖かい風が俺達を包んでいた。
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