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第80話※トーマ視点

その時、街からこちらにゆっくりと近付く影があった。 最初は誰かが逃げてきたのだろうかと考えていた。 しかしすぐに違うと気付いた。 周りの騎士達は誰か分からないが堂々としている男を見て戦闘体制になる。 俺が前に出ると男も近付く。 アルトを連れていった騎士だ、名は知らないが俺に殺気立つ目線を向けているから俺に恨みでもあるのだろう。 シグナム家の人間なら捕らえる必要がある。 こちらは10人以上いる、明らかに勝てるわけがない不利な状況なのに一ミリも慌てる素振りがなく不気味だ。 男は周りの騎士に目もくれず俺をまっすぐ見た。 「シグナムからの伝言だ、この惨劇を止めたければ一人で来い」 「………」 「トーマ様、これは罠です」 騎士の一人がそう言った。 分かっている、罠だという事は… しかし、俺には…もうこれしか残っていないんだ。 アルトまで失いたくはない…これ以上、仲間を失いたくはない。 俺は一歩一歩前に出た。 騎士達の止める声が聞こえた…だから俺は腹の底から声を出して叫んだ。 「聖騎士団長トーマ・ラグナロクが命じる!街に向かい国民を魔獣から守れ!」 言い終わるか終わらないかの時、また爆発音が響いた。 今度は城が火の海となった。 拳を握りしめて、もう振り返る事はなかった。 「行け!」と命じると他の騎士達は街に向かって走っていった。 アルトが関わっていると感じたグランは最後まで渋っていたが俺が背中を押して行かせた。 俺はシグナムのところに案内してもらうために男の後を着いていった。 アルト…ごめん、こんな事になって… 君はこんな事、望んでいなかったよな…でも俺は… 剣を握る手に力を込めた。 瞳が真紅色に変わった。 俺は、シグナムを止めるために…殺す事にしたんだ。 君を助けるためには仕方ない事なんだ、国民を助けるためには最善だと思う。 一生恨まれる事を覚悟して戦いに向かった。 ずっとさっきから黙っていた男が口を開いた。 「この惨劇の元凶を知っているか?」 「…シグナムだろ」 「………………アルトだ」 俺は目を見開き驚いた。 アルトが元凶?どういう事だ? てっきりシグナムが命じていたと思っていたが違うのか? いや、そんな筈はない…だってアルトは優しい子なんだ…それは俺がよく知っている。 アルトはそんな事をしない。 動揺させようとして言った事だろうと目の前の背中を睨む。 「それを聞いてどうだ?アルトを殺す気になったか?」 「…ならない」 何故この男はアルトを殺させようとするんだ? リンディが襲われた時もアルトを悪者にしようとした。 シグナムの人間なのにアルトの味方ではない? この男が何を考えているのか分からない。 大きなため息を吐き、歩みを止めないまま男は俺に目線を向けた。 その瞳には僅かに悲しみが感じられた、ますます分からず戸惑う。 「命令しているのはシグナムだが、魔獣や魔法使いに力を与えているのはアルトだ」 「アルトが人を傷付けるわけがない!」 「確かにあんな皆幸せなんてバカな発言をするのはアイツくらいだろう……けど、シグナムはアイツの秘めた力に目をつけて利用した」 アルトの秘めた力、それはあの魔法陣が物語っていた。 アルトを利用して魔力を補充させながら街を襲っているのか。 ……あの子が一番嫌がる人殺しの道具として… よりシグナムへの殺意が湧き魔法陣がある方向を睨む。 何故、俺にこんな話をするんだ?話したって得はないのに… 男は再び前を向いた。

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