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第18話 ME堂島の鋭い指摘②
その目線を捉えて、榛名は『堂島君?』と呼びかけた。
「どうしたの?君が静かだとなんか不気味だなぁ」
「榛名君、俺に失礼だからねそれ。いや、なんで霧咲先生はわざわざ榛名君を自分の行きつけに連れてったのかなーって思ってさ。初対面なのに、それはそれでおかしくねぇ?」
その鋭い指摘に、榛名の心臓がドキリと跳ねた。もし堂島に、霧咲との関係――その関係に名前は無いのだけど――がバレたりしたら、きっと次の日は院内中の噂になって自分の居場所は一瞬でなくなるだろう、と思った。コメディカルとして顔が広い堂島は、榛名と違って院内には沢山仲の良い知り合いがいるのだ。
「どしたの榛名君?」
「……偶然ってか、別に他意はないでしょ。単に晩御飯を……ラーメンを一人で食べたくなくて、それで誘いやすいポジションの俺が誘われたんじゃないかな。奥本先生をいきなりラーメンに誘うのもアレだし、師長は女性だし」
「ふうん。あんなイケメン医者、誘ったらすぐ来る彼女の一人や二人とーぜんいるでしょうけどね。そのうえ榛名君まで……あぁ、イケメンむかつくなー!」
「叫んでないで仕事して?」
(良かった、うまく誤魔化せたみたいだ)
とりあえず安心したものの、今度は堂島の言葉が榛名の心に陰を落としていた。
(誘ったらすぐ来る彼女の一人や二人……そりゃあ、いるよな)
霧咲はゲイだ、と思う。いや、もしかしたら女性もいけるのかもしれないけど、榛名にはそこまでは分からない。そうじゃないとしても、『彼女』を『彼氏』に替えればいいだけだ。
(誘ったらすぐ来る彼氏の一人や二人は当然いる……そういえば、バーで俺を誘った時もすごく手慣れてたからな……)
なんだか、心がざわざわする。この感覚は一体何なんだろう。
「しゅにいぃん!!荻野さんの血管、私には無理ですぅー!代わってください!」
「え!?あぁ、はい、行くよ!」
(余計なこと考えず、仕事に集中しなきゃ……!)
榛名は、ブラックカラーのマイ聴診器を首に掛けて、有坂が呼ぶ方へと向かった。
*
現在、20時半。患者全員の穿刺は17時半には終了し、午後から来た患者の回収がぼちぼち始まっていた。朝と違って一斉に同じ時間に穿刺するわけではないので、3人でも回収作業は十分に余裕を持って行える。多少バタバタはするが。そして回収と一時間ごとの血圧測定以外は、特にすることは無い。
無いことはないのだが、有坂は透析専門の月刊誌を読み、堂島は自分のPCでカタカタとネットサーフィンをしている。榛名は委員会の議事録作成に勤しんでいた。
そしてふと、堂島が顔を上げてホワイトボードに書かれた明日の勤務振り分け表を見て、榛名に声をかけた。
「あれ、榛名君……明日休みじゃないんだ?」
「うん」
夜勤の次の日は大体休みを取るのが透析室では普通だ。しかしスタッフが足りない日などは、前日が夜勤であっても駆り出されることがある。主任である榛名は、その回数が他のスタッフよりも多かった。師長と主任の休みが被るのも他のスタッフにとってはあまりよろしくないため、土曜日出勤も多いのだ。
「明日結構人数いるじゃん、希望なの?」
「まさか。……明日から霧咲先生の回診が始まるから、とりあえず最初は俺が回診に付いてって言われたんだよ、師長に。本来は明日のリーダーの役目だけど、まあ様子見っていうかね……代わりに土曜日が休みだし、いっかなって」
「大変だなぁ、榛名主任」
「まぁね」
やっと堂島も自分のことを『主任』と呼んでくれるのか?と榛名は期待したが、次の瞬間にはもう元に戻っていた。どうやら堂島は、わざと榛名を『主任』とは呼ばないらしい。それがどういうつもりなのか、榛名には分からないが。
「あの先生には気をつけなよ、榛名君。なんかすっげー手ぇ早そうだしさあ」
もう既に手を出されていたため、榛名はドキッとしたが挙動不審にならぬよう努めた。
「堂島君、俺の性別知ってる?」
「知ってるけど、でもなーんか榛名君って男にモテそうな感じなんだよなぁ」
(まさか……バレてないよな?)
とんでもないことを言いだした堂島に焦ったが、ここでボロを出したら人生が終わる。榛名はなんとか平常心を保ち、ため息をつくように深呼吸をした。
「すぐにそういうことを言うから、俺は君の誘いに乗らないようにしてるんだよな」
「げッ!まさか俺、ホモだって思われてる!?」
「堂島さん、ゲイじゃなかったんですかぁ?私てっきり堂島さんは榛名主任に片想いしてるのかと思ってましたぁ、でもいつも振られてるからかわいそーだなーって」
月刊誌から顔を上げて、有坂も会話に参加してきた。
「ちょ、そんなぁ……有坂っちまで、違うって!勝手に勘違いしてかわいそがんないでくれる!?俺はただ榛名君と個人的にもっと仲良くなりたいだけっていうか!」
「貞操の危機を感じる」
「堂島さん、誘い方根本的に間違ってますよぉ~」
守る貞操なんて既にないんだけど……と榛名は自虐的に思って、少しだけ笑った。
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