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第94話 榛名のいいわけ
「で?」
榛名は今、ベッドの上で正座をさせられている。霧咲はそんな榛名を腕を組んで見下ろして、尋問していた。その顔は先ほどから『怒ってないよ』とアピールしているのかなんなのか貼りつけたような笑顔なのだが、それが榛名には怖くてたまらなかった。まだスネたり怒ってくれた方が分かりやすくていいものの……。
「だから、俺は貴方が結婚してるって聞いてあまりのショックで水曜は仕事を休んだんです。で、前日に二宮さんが車で家まで送ってくれたので、仕事を休んだ俺を心配してお見舞いに来てくださったんです」
「なんでわざわざ二宮さんが送ってくれたの?他にも車で来ているスタッフはいるんだろ?」
「男性の方がいいかと気を使ってくれたんじゃないですか?その辺は有坂さんが手配してくれたので、俺には分かりませんよっ」
「………」
霧咲は眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいる。何を考えてるのかさっぱり分からないが、さっきまでの甘い空気は既に一変していて、それが榛名には少し残念だった。
(今夜は、すごく優しく抱いてもらえると思ったのにな……)
霧咲はいつも優しいが(時に激しいけども)、今日は特に優しく甘いセックスをしてもらえると期待していたし、自分も思い切り霧咲に甘えたかった。そんな榛名には気付いてないのか、霧咲はまた質問をしてきた。
「じゃあそれはいいとして……躊躇なく家に上げたのはどうしてかな?」
霧咲のその質問に、榛名は少し眉毛をハの字にした。
(躊躇なくって……まあ、確かに俺から上がりませんかって誘ったけど……)
「そりゃあわざわざ職場の同僚がお見舞いに来て下さったんですから、常識として上げないわけにはいかないでしょう?マンションの前で会ったのは偶然でしたけどね。お互い電話番号も知らないし、俺の部屋番号も教えてないですから……外で会わなかったら上げることはなかったと思います」
それは少しだけ嘘だった。透析スタッフには全員、緊急用の連絡網が配布されてあるので、それを見れば榛名の携帯番号はすぐに分かる。きっと二宮はそれを見て榛名に連絡しようとしていたのだろう。霧咲がそこまで分かっているのかどうかは知らないが、榛名はそこまで教える気はなかった。霧咲は奇妙な笑顔を浮かべたまま、また榛名に質問した。
「……じゃあそれが堂島でも、君は部屋に上げてたの?」
「え!?……それはないです」
一度襲われかかったのに、堂島を部屋に上げるわけがない。
「じゃあ、なんで二宮さんは上げたの?」
「それは……」
榛名は霧咲から目を逸らして小さく息を漏らした。霧咲がかなり怒っているらしいのを空気で悟って。
「二宮さんは、男を好きな人じゃないから大丈夫だと思って……です」
そう言いながらも、榛名は理解していた。二宮が女好きだろうと男好きだろうと、そんなことはきっと全く関係ないのだ。霧咲が問題視しているのは、榛名が『男』を部屋に上げたことだけ。たったそれだけなのだ。
すると、霧咲はふうっと息を吐いた。その軽い仕草にでさえ、榛名は身体をびくっと反応させた。
「……まあ今回は、俺が勘違いさせた状況があるからね。むしろそれが原因だし、俺は君の迂闊な行動をそこまで責められない。悪いのは君をそんな風にさせた俺だから」
「………」
まったくもってその通りなのだが……霧咲は本当に、そんな殊勝なことを思っているのだろうか。少し、疑わしい。
「でも君、そんな弱った状態でもしも二宮さんに口説かれたら、あっさり抱かれてしまいそうだね……」
案の定だった。
「ちょっ!それは無いですよ、見損なわないでください!怒りますよ!?」
なので流石にそこは、榛名も声を荒げて否定した。自分はそこまで軽くない。榛名があんなに苦しんだのは一体誰のせいだと思っているのだ。愛していると言ったばかりなのに……冗談じゃない。
「ごめん、今のは失言だった。俺はどうしても二宮さんには嫉妬してしまうらしい」
「なんでですか?大体、二宮さんはゲイでもなんでもないですから!俺の下着を見ても裸を見ても、何も反応しなかったし!……あっ」
口が滑るというのは、こういうことを言うのだろう。榛名は今、一番言ったらいけないことを一番言ってはいけない人物に言ってしまった。
「……下着?……裸?」
「いや、その……」
「なに、それ……家に上げただけでなんでそんな状況になるの?」
霧咲の顔から、笑みが消えた。ぎしっと音を立ててベッドの上に乗ってきて、思わず榛名は後ろへ逃げてしまう。しかし背中が壁に当たり、逃げ場はなくなった。
「暁哉?正直に言えたら怒らないから……言ってごらん?何があったのかな?」
「な、何もないですってば……」
何もなかった。キスやセックスなど、そういう類のことは。けど、本当の意味で何もなかったわけではない。榛名は二宮の前で裸も晒したし、そういう意図では無かったとはいえ、抱きしめられた。怒らないとは言っているが、詳しく聞いたらきっと霧咲は激怒するだろう。それを分かっていて、正直には言えない。
「………」
「暁哉、言えないの?」
「だって、何もなかったから!」
「俺が知りたいのは前後の状況だよ。言えないなら、言いたくなるようにしてあげようか」
「え!?」
今言えばよかったのか、それとも黙っていた方が良かったのか。怒りがこもった目で見つめられ、榛名には正解が分からなくなった。
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