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第96話 クリスマスプレゼント
「ちょっと待っててね」
そう言って、霧咲は寝室を出てリビングへと戻って行った。
一体何をされるのだろう。初めてのお仕置はホテルで自慰をさせられた。けれどそれだけで……確か道具を何も持ってきてない、とか言っていたような……カテーテルとか……。
(カテーテル?まさかね……)
カテーテルを使って患者に導尿をすることは榛名だってあるが、それは患者がアル中で気を失っていたり、もしくはオペ前、更には高齢者が前立腺肥大症で自分で尿が出せなかったり、そういうときに手助けをする場合のみだ。
しかし今は透析室勤務なので、カテーテルを使うことはほとんどない。
霧咲は医者だ。だからそんな、不必要に尿道を傷つけるような行為はしないだろう……榛名は思うのだ。例え世の中に、そんなプレイが存在しようとも。
(そんなもの持って来たら、お仕置だろうとなんだろうと断固拒否しなきゃ)
「お待たせ」
そう言って戻ってきた霧咲の手には、何やらプレゼントらしき袋があった。
「君に、クリスマスプレゼントだよ」
「プレゼント?」
「うん。気に入ってくれるといいんだけど」
本当にそうらしい。しかし、何故このタイミングで?嫌な予感しかしない。
「開けてごらん?」
「あとで、とか」
「何言ってるの、今だよ」
霧咲はニコニコと笑いながら榛名の行動をずっと見つめている。拒否することは許されないのだろう。お仕置はもう始まっているのだ。
榛名は覚悟して、そのリボンのついた紙袋を開けた。そこに入っていたのは……
「………!」
本物を見るのは初めてだが、榛名はそれがなんなのかは知っていた。なのでお仕置中にも関わらず、思いっきり軽蔑した目で霧咲を睨んだ。
「どう?」
しかし、霧咲の表情は変わらない。むしろ予想通りな榛名の反応を楽しんでいる節すらある。
「どうって……変態、としか」
中に入っていたのはピンクローターと、太めのバイブだった。男性向けのいかがわしいビデオによく登場してくる代表的な大人の玩具だ。
榛名は当然、使ったことも使われたこともない。使いたいと思ったこともないし、使われたいと思ったこともない……と言ったら、嘘になるのだが。
(いや、無いよナイ。あるわけない!!)
「暁哉?顔が赤いけど……もしかしてすごく嬉しかったりする?」
「な、何馬鹿なこと言ってるんですかっ!」
カッと反応して、その紙袋を閉じた。
「苦労したんだよ?俺の形に似たバイブ探すの」
「変なとこで変な努力しないでください!!」
「変な努力じゃないよ。君のためを思っての努力なんだから……前のお仕置の時に君の自慰を見せてもらったけど、前しか触ってなかっただろ?一人でする時はいまだに後ろは使ってないんじゃない?そんなんじゃもう君の身体は物足りないだろう」
「も、物足りないって……」
指くらいは使う。使うけど、やっぱりほぐすくらいしか自分じゃうまくできなくて、結局は前だけで済ませてしまう。道具なんて恥ずかしくて榛名には買えない。もっともあれからは一人ですることなんてほとんど無いのだが。
「だからプレゼントだよ。ローターはどこに使ってもいいけど、ナカは物足りないだろ?これから俺が出張や夜勤でいないときはこれを使って我慢するように。ああ、もちろん亜衣乃にはバレないようにしてくれよ?男同士の恋愛がバレるならまだしも、大人の玩具の存在はさすがに教育に悪すぎるからね」
「亜衣乃ちゃんがいるのに使うわけないでしょ!!こんなプレゼント封印です!封印!!」
さすがに『いりません』とは言えなかった。
一応霧咲は、自分のことを思ってコレを探してくれたらしいので。
しかし、クリスマスプレゼントといえばもっと別のものを期待していたのに。たとえば、ペアリングとか……。榛名は下手な手料理以外何も用意してなかったのだし、たとえ大人の玩具でも、貰えないよりマシなのだろうか。
「……ねえ、暁哉」
いきなり、霧咲の声が変わった。目付きも心なしか少し鋭くなっている。
「な、なんですか?」
「君さ、自分が何のことに対してお仕置されなきゃいけないのかちゃんと分かってるかい?」
「何のことって……二宮さんを家に上げたことでしょう?それとまあ、無防備なところ」
「それもあるけど、俺は君にもっと意識してもらいたいんだ。家に男を上げるのを気をつけただけじゃ、外では何も変わらないだろ?」
「外?」
霧咲は何を言っているのだろうか。まさか、外で同性と接するのさえ許さないとでも?そんなことは仕事を辞めるまでしないと不可能だ。たとえ霧咲の願いでも、結婚して養ってもらえるとしても、自分も男だ。亜衣乃は四六時中一緒に居ないといけないほど幼くもないし、榛名は仕事を辞める気はない。
「自覚してもらいたいんだよ。自分がどれほど魅力的なのかを」
「俺が……ですか?」
その言葉は少しだけ、笑えた。だってそれを言っている相手が霧咲なのだ。10人とすれ違えば10人が振り返るような美貌の男。そんな男に魅力的だなんだと言われても、素直に信じられるはずがない。
榛名は自分が霧咲に気に入られている理由は、霧咲の趣味が少し変わっているのだと思っている。でないと、自分みたいな平凡な男を霧咲が選ぶわけがないのだから。
『運命の人』
そうは言ってくれていても、一体自分のどこを好きになってくれたのか榛名はいまだに分からない。昔の恋人に似てるからという理由ではないと思う、けども。
もしもそうだったら、地味に嫌だ。そうなら霧咲は、いまだにその男の影を榛名に求めていることになるのだから。
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