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第165話 堂島、墓穴を掘る
夜勤は何事もなく終わりそうだった。
あとは残すところ患者2人の回収が終われば、明日の透析の準備をして今日の仕事は終わりだ。
もちろん、患者を全員帰してしまっても、スタッフは定時になるまでは帰れないが。
夜勤メンバーの堂島、有坂、若葉は空いた時間にそれぞれ別の作業をしていたが、堂島がふう、と一息ついたところで有坂に声をかけられた。
「……で、ほんとのところはどうしたんですかぁ?堂島くん」
「え、まだその話すんの?有坂っち」
「だって気になるじゃないですかぁ。ねえ、ついに榛名主任に告白して振られたんでしょう!?」
「はぁ?……あのさぁ別に俺、榛名くんのことそういう意味で好きじゃないからね?そりゃ前はちょっかい出してたけどさ、それは榛名くんの反応が面白かったからで、今は霧咲先生が怖いからそんなんする気も起きねーっつーの」
あの飲み会の一件から、榛名とは普通の関係に戻ったのだが――榛名がだいぶ譲歩したといえる――霧咲とは何の交流もないままだった。
MEは毎日2~3人は透析室で勤務しているので、霧咲が機械について何か相談したいことがあれば、堂島以外のMEに声を掛けていた。
それならもう堂島なんか最初から居ないものとして扱ってくれればいいのに、同じ空間に居る時は未だに無言のプレッシャーを掛けてくるのだ。
もう榛名にちょっかいを出す気など、堂島には皆無だというのに。
(全面的に俺が悪いんだけどさ、ホンット大人気ねぇと思うわ、あのセンセイ)
榛名は霧咲と付き合っていることはひた隠しにしているようだが、今や透析室で2人の関係を知らない者は居ない。
(たとえばだけど、霧咲先生に俺と二宮先輩のこと話したりしたら、安心したりすんのかな……)
ちらりとそんな考えが頭を掠めたが、やはり誰かに話すのはリスクが高すぎると思ってヤメた。
霧咲は同性愛者なのだから、バラしたところでなんのリスクがあるだろうとも思ったけれど。
(大体、バレたくねぇのは俺だけじゃねぇし)
二宮は何も言わないけれど、きっと堂島とのことは周囲には絶対にバレたくないだろう。考えなくても分かる、自分もそうだからだ。
でも、2人の間だけで勝手に始まって、更に勝手に終わるとしたら、結局後に残るものは何も無い。
そんな関係、最初から何も無かったのと同じじゃないか、それはそれで嫌だ――と、堂島の中では矛盾が発生している。そのせいでここ最近ずっと、モヤモヤしているのだ。
もちろん、他にも理由はあるけど。
更に山本に合コンに誘われて、誘われた要因の二宮があっさり承諾したこともモヤモヤの原因の一つなのだった。
有坂は思案にくれる堂島を暫し見つめて、急にため息をついた。
「ふぅぅん、堂島くんてば少しオトナになっちゃったんですねぇ。つまんないですぅ~」
「あのさぁ有坂っち。俺の方が二つくらい年上だったよね?」
「三つですぅ」
「ああそう……三つも歳上の成人男性を子供扱いすんのヤメてくれるかい?」
「だって堂島くんって、おっきな子どもみたいなんですもーん」
「…………」
自分の一体何処が……と思って考えたら、結構当てはまる節が多いことに気付き黙った。しかしこのまま黙って引き下がるのは少し面白くない。
「有坂っちだってその年でそのぶりっ子口調は痛いと思うんだけど?子どもっぽさは俺とどっこいどっこいじゃね?」
「有坂ちゃんは、キャラだからいいのよ」
「そうですぅ~」
「……………」
別の作業をしていた若葉に、援護射撃とばかりに横から突っ込まれ、とうとう堂島は黙らざ るを得なくなった。
悔しいが、あまり女性陣に逆らうとろくなことが無いのでおとなしく引き下がる。
「ちぇ、どぉーせ俺はガキですよぉ……つーか男はいつまでも夢見る少年なんだから、ガキのままでもいいんですよ!」
「こんな仕事に就いてて、よく自分を夢見る少年だとか寝言が言えるわね?堂島くん」
「若葉さん辛辣!!」
さすがに年上の若葉には敵わないと思い、もうつまらない言い訳を述べるのもやめにした。
「ねぇねぇ堂島くん、誤魔化されちゃいましたけど何か悩み事があるなら聞きますよぉ?もしかして恋愛系の悩みですかぁ?」
「えっ……!?」
「ビンゴね」
「ビンゴですぅ」
「ちょっと!俺まだ何も言ってないでしょうよ!!」
「あ、もしかして院内で好きな人ができちゃった感じですかぁ?」
「はあ!?」
「またビンゴね」
「ビンゴですねぇ~~」
「ちょっ……!その連携攻撃、ヤメて!!」
これ以上、何を喋っても墓穴を掘る。
しかし、完全に暇を持て余している――榛名がいれば怒られるのであろうが生憎不在である――有坂と若葉がこのまま他の話題に移るとも思えない。
これはもう、下手なことを言う前に観念するしかない、と思った。もちろん、二宮とのことは絶対に言わない方向で。
「か、彼女が……」
「堂島くんいつの間に彼女作ってたんですかぁ!?ほんとに榛名主任のことは諦めたんですねぇ~!で、その彼女がどうしたんですかぁ?」
「変な風に突っ込みながら喋るのヤメてくれる?……その彼女が、俺との関係を周囲にバレたくないって言うんですよ……」
「そりゃーそうじゃない?」
「肯定すんの早っ!」
「若葉さぁん、気持ちは分かりますけどもう少しコイツの話を聞いてやろうですぅ」
「コイツぅ!?」
(いかんいかん、怒るな俺、落ち着け)
怒ったら面倒くさいことになる、この上無く。というか、ここで堂島がキレたとしても簡単にあしらわれるだけだろう。既にあしらわれているのだけど。
「彼女、院内の人ですかぁ?」
「ノーコメンツッ!」
「院内の人なんですね~。そりゃあ、堂島くん顔は広いし仕事も意外と真面目にやってるし……あれ?なんで知られたくないんでしょうねぇ」
「落としたあと上げるのもなんかくすぐったいからヤメて」
「でも、大々的に付き合ってることを言う必要はないと思いますぅ。私も彼と付き合ってることあんまり言ってないですし、親しい数人が知ってればそれでいいんじゃないですかぁ?彼女はただ奥ゆかしいだけだと思いますよ。それとも堂島くんはその彼女と付き合ってることを周りにアピールして自慢したいんですか?」
「自慢!?イヤイヤ……だからそのね、相手は親しい数人に言うのも嫌だっつーワケ。だから、だーれも知らないんだよ、俺たちが付き合ってるってことはさ……」
二宮から直接そう聞いたわけではないけれど、もはや堂島の中ではそういうことになっているのだった。
「……それってさ、」
若葉が言った。
「ホントに彼女から好かれてるの?」
「っ……」
「わ、若葉さん!」
「え?あ、違う違う!だからその、堂島くんが騙されてるんじゃないかって言いたかったの!」
さすがに冗談じゃ済まされないと思ったのか、有坂が若葉を制した。若葉も慌てて弁解した。堂島のことを心配しての発言というのは分かったが、さすがに――
心当たりがあるだけに、笑えなかった。
「……やっぱ、そうなのかなぁ」
「え?」
「お情けっていうか、俺が付き合ってくれって言ったからイヤイヤ付き合ってくれてるだけなのかなぁ」
「堂島くん……」
「はー……ごめん、ガチな相談しちゃってさ」
もはや、有坂も若葉も笑ってなどいなかった。すると若葉が言った。
「でも、嫌いな相手とわざわざ付き合ったりしないでしょーよ。それとも何?なんか相手の弱味でも握ってるの?堂島くん」
「ウグッ」
「うわ、これもビンゴかい」
「び、ビンゴっつーかぁ~~……」
弱味を握っているというか、むしろヤられたのは俺の方なんだけど!!
……と、そんなことを言うわけにもいかないので堂島は黙ってしまった。
「堂島くん、いくら好きでも脅すのはヒトとして良くないですよぉ……」
「…………」
別に脅したわけじゃない。自分は『ヤッた責任を取れ』と言っただけだ。
正直に言えば非難されるどころか同意の嵐だろうか、もしくはそんな相手はやめておけ、と言われるだろうか。
何にせよ、堂島がヤられた側なので言えるわけ無いのだけども。
「堂島くん、誠意よ。もう、誠意を見せるしかないわっ!」
「そう、誠意ですぅ!人間誠意を見せたら大抵のことは何でもうまくいきますぅ!」
ほんとかよ……。
胡散臭い目付きで有坂と若葉を見つめながらも、堂島はここで話を収拾付けることにした。
話したところでやはりモヤモヤは消えず、更に大きく成長してしまったのだけれど。
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