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第188話 霧咲と亜衣乃、宮崎へ行く

 3月下旬某日、榛名と霧咲と亜衣乃は羽田空港にて荷物を預けたあと、榛名の両親と姉夫婦への土産物を物色していた。 「ねえねえアキちゃん、アキちゃんのお母さんとお父さんってどんな食べ物が好きなの?」 「ええ……甘いものなら何でもいいんじゃないかな。適当に東京ばな奈とか……」 「そんなのありきたりすぎるじゃない!」 「いやいや、地方の人間にとっては結構珍しいからね?ていうか東京って書いてあればなんでも有難がると思うよ」 「ほんとぉ~?」 「暁哉、こっちのスカイツリーの形をしたチョコレートはどうだ?」 「ああ、洒落てていいんじゃないですかね。そっちは姉夫婦にでも……」 「じゃあ二種類買っていこう、榛名家と武本家の分」 「一つでいいです一つで!」 「まこおじさ~ん、東京ばな奈全種類買っていい~?」 「いいぞ、全部12個入りのヤツな」 「はーい」 「いやいやちょっと待って、そんなにいりませんってぇ!!」  亜衣乃の学校が春休みに入ったため、榛名と霧咲は有休を合わせて三日間の休みを取った。 前に榛名は自分で霧咲と亜衣乃を両親と姉に紹介したいと言ったのだけど、ここに来てやっぱりやめておけば良かったかも……などと往生際の悪いことを思っていた。 「でも暁哉、お父さんはまだ仕事をしているだろう?職場へのお土産とか」 「いいですそんなのは、あくまで両親と姉夫婦が食べれる分だけにしてくださいっ!……あ、でも向こうに行ったら俺たちも一緒に食べるのかな……じゃあ亜衣乃ちゃん、自分の食べたいやつ選んでいいよ」 「もぉー、アキちゃんてばけっこう適当なんだから!」  驚くことに、霧咲と亜衣乃はあまり緊張していないらしい。  霧咲は『認められなくてもしょうがない』スタンスで、亜衣乃に至っては単なる小旅行だと思っているようである。  まあ、確かに亜衣乃にとっては単なる小旅行なのだけど。 (俺がこんなだから、緊張してない風に見せているだけかな……)  榛名はそう思って二人の顔をそっと盗み見たが、2人ともお土産選びに夢中になっていて隠されているであろう本心――隠しているのかすら謎だが――は全く読み取れなかった。  アナウンスが鳴り、3人は急いで搭乗口に移動した。亜衣乃は空港自体は以前にも来ていたが、飛行機に乗るのは初めてらしく、ワクワクしている。  生憎地方行きなので大きなジャンボジェットではなく小さなプロペラ機なのだが、それでも嬉しそうだ。 「これ結構揺れるからな、覚悟しといたほうがいいぞ」  以前乗ったことのある霧咲が、ニヤニヤしながら脅すように亜衣乃に言った。 「ええ、脅かさないでよ!まこおじさん」 「いや、これがホントに結構揺れるんだよね……着陸前とか」 「じゃあ亜衣乃、アキちゃんの隣に座るー」 「じゃあってなんだ、じゃあって」  亜衣乃を窓際にして、通路側に榛名、そして通路を挟んだ向こうに霧咲が座った。霧咲の隣は空席らしく、誰も乗らないまま飛行機は離陸した。  時刻はまだ午前中で、着いたら榛名の両親と姉夫婦――武本家のふたりと一緒に食事をする予定だ。店の予約は姉の(さくら)に頼んでおいた。  だんだんと高度が上がっていき、『なんだか街全体がジオラマみたい!』とはしゃぐ亜衣乃の姿を微笑ましく見守りながら、榛名はそのとき姉と電話越しに交わした約一ヶ月前の会話を思い出していた。 * 「あのさ、お姉ちゃん……実は俺、みんなに紹介したい人がいるんだけど」 『えェ!?あー君、ついに結婚するとぉ!?』 「う、うん……まあ、したいなって思ってる……んだけど」 『……どうしたと?』  桜は何かを感じ取ったのか、すぐにテンションを落としてくれた。三つ年上の姉は、母と違って電話越しでも空気を読んでくれるので有難い。 「男の人……だから」 『……』  榛名の告白に、桜は黙りこくった。彼女がマイノリティに対して偏見を持っているかどうか分からないが、仮に持っていないとしてもそれが自分の弟だとしたらどうだろう。  榛名は桜に告白した時点で、『両親がショックを受けるだろうから、紹介なんてしなくていい』と言われることを覚悟していた。けれど――……。 『なんでそんな申し訳なさそうに言うと?』 「え?」 『あー君が結婚したいくらい大事な人やっちゃろ?堂々としてればいいやん!』 「姉ちゃん、俺のこと気持ち悪くないと?」 『今どき別に珍しくないやろ!あたしの友達にもゲイの子おるし。でもそっかー、だからあー君今まで家に彼女連れてきたことなかったっちゃねえ!カオルちゃんだっけ?あの子くらいやない?呼んだことあるの』 「(かおる)は彼女じゃなくて、ただの友達やし」 『うんうん、今まで信じてなかったけどようやく腑に落ちたわあ』  桜はずっと郁のことを彼女だと思っていたらしい。同じ東京に住んでいることもあり、てっきりまだ付き合っていると思っていたようだ。 『それで、お母さんたちは知ってると?』 「一応、前帰ったときにカミングアウトしたけど信じて貰えんかった……」 『アハハ!まあそうやろうね~。実際に会ったら違うやろけど』 「それで姉ちゃん、俺来月その人連れて帰省したいっちゃけど……お店とか、予約しちょってくれん?もしモメたときは俺の味方もしてくれると嬉しい……」 『なーに言っちょっと!そんなの当たり前やん!あたしが今まであー君の味方せんかったことある?』 「……ない」 『じゃろ?』 「いつも子分を庇う親分みたいな感じやったね」 『なぁんね、その失礼なたとえは』  電話越しにクスクス笑い合った。思えば、姉と二人でこんなふうにじっくりと話したのもひどく久しぶりだ。最近会って話すときは、大体両親や姉の夫がいるので。 『まあ、あたしも報告したいことあるし』 「え?」 『こっちの話。それで?予約は両親とうちら夫婦と、あー君と彼氏さんの6人でいいとよね。アレルギーとかある人?』 「ないよ。それとあと一人追加して欲しいっちゃけど」 『え?もしかしてカオルちゃんも一緒に来ると?』 「いや……その、説明は長くなるから省くけど、その人子どもが一人いてさ」 『ええっなんで!?ゲイの人やないと!?』 「その人の子じゃなくて姪っ子やけど、事情があって一緒に住んじょっとよ。これもまた今度説明するから。もう10歳やし、凄くしっかりした子だからお店もファミレスとかじゃなくても大丈夫」 『ふうん……わかった』 「じゃあよろしく」 『はーい、今度はお土産忘れんでよね~』  前回帰省したときは父の容体が気になって土産どころではなかったのだが、結局大したことはなかったので、その後桜に『東京土産はないのか』とさんざん言われたのだった。 * (結局お母さんたちには俺の口からは男の人連れてくって言ってないけど、姉ちゃんが言ってくれたかなあ……別に頼んでないけどさ)  ふと隣を見ると、亜衣乃は朝が早かったせいかすやすや眠っていた。次に反対側を見ると、同じく亜衣乃を見ていたらしい霧咲と目が合った。 「……誠人さん」 「うん?どうしたの」 「亜衣乃ちゃん寝ちゃったから……そっち、行ってもいいですか?」 「もちろん」  霧咲はベルトを外すと、空席だった窓際へと移動した。榛名もベルトを外して、霧咲の隣に移動する。そしておもむろにそっと霧咲の肩へと頭を預けた。 「暁哉?」 「誠人さん、俺、やっぱり少し怖いです」 「……うん」 「俺が紹介したいって言ったんだけど、やっぱり分かって貰えないかもって思うと……」 「分かるよ。でも、大丈夫だよ」 「大丈夫、でしょうか……」  榛名がとても気弱な声を出すので、少しからかうような口調で霧咲が言った。 「きみ、蓉子とファイトしたときの気合いはどうしたの?俺はあの時のことを考えると、全然気楽だけどなあ」 「そ、そりゃあそうですけど」 「むしろきみの家族に会えるのが楽しみで仕方ないよ。こういうの、初めてだからね」 「……!」  霧咲の両親は亡くなっているし、前の恋人の中原とは親に紹介するほどの間柄では無かったらしい。それを聞いて、榛名は少し気分が上がった。 「まあ、俺もきみを亜衣乃に会わせる前は似たような心境だったから気持ちは分かるよ。でも亜衣乃は今や俺よりもきみに懐いているからなあ……俺も、きみのご両親に気に入って貰えるように頑張るよ」  そう言って、霧咲は榛名の額に軽くキスを落とした。  榛名はそれを咎めず、自分も霧咲の手を探しだしてぎゅっと握りしめた。 「……なんか、少し気が楽になってきました」 「ほんと?良かった」  霧咲は医者だし、年輩の患者にもかなり人気があるので、榛名の両親もあっさり気に入るかもしれない。  安心したら自分も眠くなってきたので、榛名は霧咲の肩に頭を預けたまま目を瞑った。

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