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第190話 霧咲と亜衣乃、地方情勢を憂う
宮崎市の海沿いには、かつてフェニックス・シーガイア・リゾート社が誇る『オーシャンドーム』と呼ばれる当時世界最大とギネス記録もされた室内ウォーターパークが存在した。
しかしバブル崩壊後に建設されたことや、他県から宮崎への交通の便の悪さ、低い知名度、高い入場料など様々のマイナス要因がこれでもかと重なり、オープンしてから一度も黒字を出すことはなく、2007年には営業中止を余儀なくされた。
そして現在はその大規模な施設は取り壊され、跡形もなくなっている。
「へえ~ここ、そんな大きいプールがあったんだ!行ってみたかったなあ」
「オーシャンドーム……名前だけは聞いたことがあるな……」
「俺も小さいころに一度行ったきりだよ。結構楽しかったんだけどね」
オーシャンドームは波の出るプールだけでなく、映像付きで座席が動くアトラクションなどもあったのだ。映像の監修はジョージ・ルーカスだ。
「まあ、本物の海が真横にあるとになんで疑似海のプール作るんだってハナシよ。植物園とかやったらさあ、まだ今でも残ってたと思わん?」
「でも日南にあったサボテン・ハーブ園も潰れたやろ?」
「そぉやった……どっちみち今の宮崎でリゾート施設が生き残るのは無理やわね」
「某知事が頑張って営業してくれてたけどねえ」
「マンゴー以外どげんもならんかったねえ」
姉弟の世知辛い地方情勢を、霧咲と亜衣乃は興味深げに聞いていた。
「アキちゃん、お姉ちゃんと話すときは方言になるんだね」
「えっ?あ……うん、そうなんだ。ダサいよね、あはは……」
「ううん、可愛いよ!亜衣乃にも教えて」
「エッ、宮崎弁喋れるようになりたいの!?」
「なりたーい」
宮崎弁のどこにそんな魅力があったのか分からないが、亜衣乃にダサいと言われないだけいいか、と榛名は思った。――それにしても。
「ねえ、まさかレストランってシェラトン……?」
シーガイア跡地を通り過ぎたあと、桜は宮崎では珍しい高層(45階建)のホテル、シェラトン・グランデ・オーシャン・リゾートの駐車場へと入って行ったのだ。
市街地を通り抜けた辺りから、なんとなく嫌な予感はしていたのだが。
「そーよぉ、なんたって親族初顔合わせやもん、気合い入れんとね!」
「ちょっと待って、色々突っ込みたいところやけど俺めちゃくちゃ普通の格好!」
「みんな普通の格好よぉ」
「なんでこんな高いとこにしたと!?」
「親族顔合わせやからよ」
榛名は桜に霧咲の両親のことを後日聞かれたので、亡くなっていると伝えていた。妹の蓉子とは縁が切れているし、つまり霧咲側の親族代表は亜衣乃ということだ。
「んあ~もう!!そんなこと言われたら余計に緊張するやろぉ!?」
「あたしだって旦那の家族と顔合わせのときめちゃくちゃ緊張したもん。あー君はホテルのご馳走が食べられるって呑気に楽しんじょったけどねえ~」
「まさか仕返し!?」
「おほほほ」
「お姉ちゃん俺の味方やって電話で言ったくせに!!」
「あたしはいつだってあー君の味方よ~」
後部座席から霧咲と亜衣乃にクスクスと笑われて、榛名はハッとした。車内は姉と2人だけではなかったのだ。
母と電話で話していたのを霧咲に見られたことはあったが、家族以外に見せたことの無い素の素を見せてしまった榛名はカーッと顔を赤くした。
「君のそんな姿は初めて見たよ、新鮮だなぁ。桜さん、ありがとうございます」
「まあぁ、うちのあー君は彼氏さんの前では普段どんだけいい格好してるっちゃろか~」
「お姉ちゃん!!」
「アキちゃん可愛い~。亜衣乃もアキちゃんのお姉ちゃんになりたーい」
「亜衣乃ちゃん……」
恥ずかしかったが、不思議と緊張は解れていた。でもこれを狙っていたわけじゃないよな?と榛名は桜の顔をちらっと盗み見る。
「ん?」
「なんでもない……」
大人になっても、やはり3つ年上の姉にはいつも適わないのだ。
「ところで暁哉、ホテルの名前だけど昔はシーガイアじゃなかったか?」
「外資系の会社に買収されて変わったんですよ。今はシェラトンなんです」
「へえ、そうだったのか」
「でもまた別の日本企業が買い取ったらしいですけど、俺もそこまで詳しくはないので……」
ここはかつて世界サミットなども開催されたことのある高級ホテルだが、所詮地方のいちホテルなのでそこまで敷居が高いわけでもない。
けれどしょっちゅう行くような気軽な場所でもないため、榛名は再び緊張してきていた。
*
「お母さんたち、ロビーで待ってるみたい。どこやろか……」
桜がキョロキョロして探し始めたので、榛名も姉の後ろに続いて両親の姿を探した。ホテルの一階の中心には室内庭園のようなものがあるため、なかなか人は探しづらい。
けれど榛名は桜よりも先に、相変わらず人が好さそうな義兄と、なんだか緊張した面持ちの両親の姿を見つけた。
「あ……」
「あっいたいた!高志 ー!」
桜が声を上げて義兄に手を振り、義兄が気付いて口が『あ、さくちゃん』と動き、両親に声を掛けて『来ましたよ』と榛名たちの方を指指すジェスチャーをした。
両親もこちらに気付き、榛名は母親と目が合った。
そして、何故かその場所から動けなくなった。
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