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第198話 春の夜のデート
夕食のメニューは霧咲と亜衣乃の好物である寿司だった。昼間に贅沢したんだから夜は質素で良かったのに、と榛名は思ったが二人がたいそう喜んでいたので黙っていた。これからも年に数回しか帰ってこないのだからまあいいか、とも。
亜衣乃は父とずいぶん仲良くなったようでしきりに話しかけており、父はやはり今まで見たことのないようなえびす顔を披露して、昼間に負けじとにぎやかな場になった。
姉がいないので会話が円滑に進むのか少々心配していた榛名だったが、杞憂だったなと胸を撫で下ろした。亜衣乃だけでなく、霧咲も母を相手にたくさん喋ってくれたのがなんだかとても嬉しかった。
順番に入浴を済ませたあと、榛名は亜衣乃がソファーで舟を漕いでいるのに気付いた。
「亜衣乃ちゃん眠いの? いつもよりずいぶん早いけど……もう寝る?」
「うん、寝たい……」
「客間に布団敷いてくるからちょっと待ってて。誠人さんも客間でいいですか?」
「もちろん、どこでもいいよ」
君の部屋でもいいけど――と言う代わりに、霧咲はウインクを寄越した。実家なので言葉は自重してくれているらしい。榛名も少し目を見開いて反応を返したあと、母に布団を敷くのを手伝って欲しいと頼んだ。
亜衣乃を寝かせたあと、榛名は霧咲を誘った。
「あの……駅前に新しく居酒屋がいくつかできたみたいなので、今からちょっと二人で飲みにいきませんか? もし亜衣乃ちゃんが目を覚ましても、両親がいてくれるし……」
「それはいいね、でもお任せしてもいいのかな?」
霧咲がちらりと両親のほうを伺うと、二人は『是非行っておいで』と了承してくれた。
「お母さん、夜中に帰ってくるかもしれんから家の鍵貸しとってー」
「はいはい。でもほどほどにしときないよ? 明日は桜と一緒に観光するっちゃろ?」
「大丈夫だってば。じゃ、行ってきまーす」
家を出て、閑静な住宅街を霧咲と並んで歩く。歩きなれた道なのに、隣に霧咲がいるというだけなんだか新鮮な気持ちになった。
「駅前に行く道って通学路も通るの?」
「いえ、小中学校は逆方向なので」
「そうか、残念だな。ちょっと通ってみたかったんだ」
「少し遠回りでもよければ行けますけど……」
「いや、また今度来た時にしよう」
霧咲はまた学生時代の榛名に想いを寄せているのだろうか。少し迷ったが、榛名は思い切って霧咲の左手を軽く握った。通りには二人以外の影はない。
「暁哉?」
「あの、俺はもう大人なので!」
「うん? もちろん知ってるけど」
突然の榛名の申し出に、霧咲は少し噴き出した。が、榛名が何か思い詰めたような顔をしているのに気が付いて、笑うのをやめた。
実は榛名は、駅前に飲みに行く気など最初から無かった。
「あの……駅を通り過ぎて少し歩いたところに、古びたホテルがあるんです」
「え?」
「もちろん入ったことなんてないし、今でも営業してるのかどうかすーっごくあやしいんですけど……い、今から行きませんか……?」
榛名は今度はすごく、かなり、勇気を出して霧咲を誘った。
霧咲は榛名の提案に驚き、とても嬉しいと思ったのだが、すぐに『じゃあ今すぐ行こう!』とは言わなかった。
「……えっと、いいのかい? ここは君の地元なのに、男とふたりでホテルに入るところを知り合いに見られでもしたら……」
「高校の同級生で同じ町内出身は数えるほどですし、小中学校の同級生なんかこっちだってすれ違っても気付かないと思います。ていうか、バレたところで別に構いませんしっ」
榛名は少し食い気味に語感を強くして、ぎゅうと霧咲の手を強く握った。
なんとなく、霧咲の顔は見れないまま。
「――分かった、じゃあ行こうか」
「っ、!」
「まあ、俺がきみのそんな可愛くてセクシーなお願いをきけないわけがないんだけどね。まさか宮崎で君を抱けるなんて、嬉しいなあ」
「ホテルが営業してたら、ですよ?」
「無論、閉まってたら別のホテルを探すさ」
「はは……」
急に積極的になった霧咲に少し苦笑しながらも、内心は嬉しくてたまらない榛名だった。
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