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③
鵜戸神宮の鳥居をくぐり少し歩くと、とある陽気な歌が流れているのが聞こえた。これは広島の某球団のテーマソングだ。
「えっ、急に何この歌、なんで流れてるの?」
神社には少しそぐわないその音楽に最初に突っ込んだのはやはり亜衣乃で、桜がそれに答える。「鵜戸神宮は毎年広島カー〇が必勝祈願に来る神社やからねぇ、だからやない? 〇ープだけやなくて、市内にも色んな球団がキャンプに来るけどね、宮崎は天気がいい日が多いから」
「そうなんだぁ……確かに今日もいい天気!」
亜衣乃は既に桜にかなり懐いており、今日は霧咲でも榛名でもなく、桜と手を繋いで一緒に歩いているのだった。榛名たちはその様子を後方から、微笑ましく眺めて歩いている。
すぐにまた海が見えてきて、何度でも亜衣乃のテンションは上がる。
「わあすっごーい!! 大きい岩~!! それに海、めちゃくちゃ綺麗な青色……うわあ、すごぉい……」
みんなで朱塗りの手すりに近付き、その見事な景観を覗き見る。目の前の海からは巨大な岩がいくつか突き出ており、その岩にぶつかった波から次々と白波が発生し、そのコントラストがとても綺麗だ。
「たしかにすごいな、迫力が……落ちたらヤバそうだ」
「恐いこと言わないでくださいよ……」
ぽろっと出た霧咲の感想に、榛名がツッコんだ。
今日の霧咲は前髪を下ろしているため、潮風が吹くと髪がなびいて、それをかきあげる仕草がなんとも言えないくらい色っぽい。見るたびにドキドキしてしまうので、榛名はあまり霧咲の方を見ないようにした。
霧咲はあまり見かけないレベルの美形なので、他の観光客が霧咲を見て『俳優さんがお忍びで来てるっちゃろうか』とヒソヒソ話しているのが聞こえた。
本殿に向かう道すがら、ところどころに兎の置物を発見し――鵜戸神宮の神使がうさぎなのだ――亜衣乃が見つけるたびに「かわいい!」と声を上げる。途中で日向夏ジュースが売っている屋台も発見し、「まこおじさん、亜衣乃あれ飲みたい!」とせがんだりしていた。(霧咲は「お参りした後でな」と返事をした)
「えっ、本殿はこの階段の下にあるの!? えっ!?」
「亜衣乃ちゃん、足元に気を付けてね」
「だってここ、崖じゃないの!? えっ? 見えないんだけど?」
「洞窟の中にあるんだよ」
「亜衣乃、後ろにも人がいるんだから早く来なさい」
「えぇ~~っ!?」
鵜戸神宮の本殿は、長い時間をかけて少しずつ削られてできたという洞窟の中にある。普通神社といえば平地や階段を昇った先に本殿がある場合が多いがここは逆なので、そこも全国的に珍しいらしい。
桜は妊婦なので階段で転ばぬよう、先頭を榛名が歩いて桜の横に母、そして後ろは霧咲がガードし、最後尾は亜衣乃の順で歩いた。
本殿の前の広けたところでは、何やら観光客が海に向かって何かを投げて遊んでいる。亜衣乃はそちらも気になったが、また霧咲に「亜衣乃、」と呼ばれて急いで階段を下りた。
「っっわぁあ~……どうなってるの? コレ……洞窟の中にある神社なんて、初めて見たぁ……!」
「本当に凄いな」
「鵜戸神宮ってこんなだったっけ……大人になって改めて見るとスゴイですね、ちょっと怖いくらい……」
「手を繋ぐかい?」
「それはいいです」
洞窟の中は薄暗いので手を繋いでもバレなさそうだが、もしも身内に見られたら一番恥ずかしいので榛名は断った。
「これお乳岩だって! なんかおもしろーい」
「さすが安産祈願の神社というか、なんというか……」
女性の乳房のように二つに突き出た岩と『御乳岩』と書かれた板を見た亜衣乃のリアクションに、榛名と霧咲は少し反応に困った。桜は母に、母乳がよく出るというおちちあめの購入を薦められて買っていた。
「まこおじさん、亜衣乃もおちちあめ舐めたい、買って」
「お前にはまだ早いだろう……!!」
「えー、別にいいじゃない」
「亜衣乃ちゃん、私が買ったやつをあとであげるから、あんまりおじさんを困らせんであげてぇ」
桜がくすくす笑いながら言った。
亜衣乃は「桜お姉ちゃんに元気な赤ちゃんが生まれますように」と声に出してお参りを済ませたあと、足早に先ほどの観光客が集まっていたところへ向かった。何をやっているのか早く確認したかったのだ。
霧咲が「あ、コラ亜衣乃、狭い場所で走るんじゃない!」と注意したが亜衣乃は止まらず、その後を榛名が急いで追いかけた。
「亜衣乃ちゃ――」
「ねえアキちゃん、あれってみんな何投げてるの?」
亜衣乃は本殿前の崖下を覗き込み、観光客が崖下にある岩――真ん中に荒縄で囲まれた窪みがあり、そこに投げ入れているらしい――を指さして榛名に尋ねた。「え? ――ああ、たしか運玉」
「うんだま?」
「ほら」
霧咲が亜衣乃の反対側に現れると、運玉と呼ばれる直径2センチくらいの小さな黄土色の石――石の中央には『運』と文字が彫られている――を五個、亜衣乃にずいっと手渡した。
「これをあそこに投げ入れればいいの?」
「ああ、入ったら願いが叶うらしいぞ」
「ホント!? がんばる!」
「暁哉もホラ」
「俺のも? ありがとうございます」
霧咲は二人の分だけでなく、自分と桜と母の分も一緒に購入したらしく、運玉配りおじさんになっていた。
「あ~ん、全然入らないよぉ! 意外とむつかしい……」
「暁哉、男性は左手で投げろと書いてあるぞ」
「なかなかハードルが高いですね……」
運玉投げは簡単そうに見えてなかなか入らない。周りの観光客からも悔しそうな声や、『入ったぁ!』と喜ぶ声が聞こえる。霧咲は投げるフォームだけは格好よくて榛名は少しときめいた。入らなかったが。
鵜戸神宮は安産祈願のみならず縁結びでも有名なので、デートで来ているカップルも多数いたが、彼女の方が霧咲を見て「うわぁ、あの人:超(:てげ)カッコイイ……」と見惚れていることが多く、榛名はそんなカップルの彼氏が気の毒になった。もちろん、自分も多少は面白くないが――恋人なので、少しの優越感があるのも事実だ。
結局榛名と霧咲は一つも入れることができず、亜衣乃はひとつだけ岩には届いたが窪みには入らず、母と桜が一つずつ入れていた。
「宮崎の女性はコントロールが上手いんですね」
「うふふ、それほどでも~」
霧咲に褒められて浮かれ気味の母と姉と横で、ぽつりと榛名が「俺だって右手だったら入ってたかも……」と呟いた。
「それを言うなら俺だって入れられたさ」
「アキちゃんもまこおじさんも、それは反則でしょ! だから男の人は左投げなんだよ!」
「「……………」」
榛名も霧咲も分かってて言ったのだが、改めて――しかも子供に正論で怒られるとバツが悪くて思わず顔を見合わせた。
その後、霧咲は窪に入った運玉を回収して作ったというお守りを記念に三人分購入し、桜は安産祈願のお守りを購入して、本殿を後にした。
「さて、そろそろいい時間やし、お昼ごはんでも食べに行こうや」
「そやね、霧咲さん、亜衣乃ちゃん、何か食べたいものある?」
「やっぱり宮崎といえば、チキン南蛮ですかね」
「亜衣乃もそれー!」
「じゃ、この近くでチキン南蛮が美味しいとこ検索しますよっと……わっ」
榛名はスマホを操作しながら歩いていたら、思わず石畳の段差に躓き転びそうになった。が、霧咲がその腕を捕まえて支えた。
「歩きスマホはダメだよ、暁哉」
「す、すいません……ありがとうございます」
「まあ、お店を探していてくれたのだから不可抗力かな。俺が君の腕を支えていよう。ゆっくり歩こうね」
「はい」
途中で、亜衣乃が飲みたがっていた日向夏のジュースの存在を思い出したのでそれも購入して、5人は鵜戸神宮を後にしたのだった。
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