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第0章 プロローグ

身に染みた日常なんて、呆気なく幻にかわる。 ――そんなこと、わかりきっていたはずだったのに。 私立桃華学園は、その可愛らしい名前とは裏腹に、全寮制の男子校だ。本州から離れた孤島に位置する、敷地の広いおぼっちゃま学校。そんなところに縁も縁もないと思っていたのは中学時代の俺であって、今はどっぷりとその、おぼっちゃま、の中の一員だ。――第一志望の公立の共学校に落ち、友達の付き合いで受けたここに入学することになるなんて、本当にアンラッキー極まりない。余裕で受かると思ってて、滑り止めを他に受けていなかったあの頃の自分を殴りたいガチで。 設備に不服はないし、友人にだって恵まれている。じゃあ何が不満かというと、――女の子がゼロなんだよおぉ。 ――鈴宮流は、学園でも有名な、女好きだった。 「ていうか、意味がわかりませーん」 入学してから一年が経とうとしている頃、俺は生徒会室に呼び出された。生徒会室なんて、一般生徒にはほとんど縁がない場所だ。事実、今日呼び出されるまでは、一度も足を運んだことがない。革張りのソファー、大きなデスク、役員の数だけ用意されたパソコンは、とてもじゃないが高校の一室とは思えない。ここって会社だったっけー? 更に、奥の机の向こう、椅子に座った現生徒会長が発した言葉もよくわからなくて、俺は上記の間の抜けた声を出した。この部屋には、会長と俺しかいない。 「いやわかるやろ、次期会計を流クンにやってもらいたいっちゅー簡単なハナシ」 「あは、やだもー会長ったら冗談ばっかりぃ……」 会長は胡散臭い関西弁で、少しウェーブのかかった傷んだ金髪を真ん中にして分け、鋭い目許をサングラスで隠していた。容姿も胡散臭い。敢えて軽い調子で返事をすると、会長はニッコリと笑った。つられて俺も、ちょっと笑う。 「アホ、冗談でんなこと言うわけあるか」 「だから、意味わかんないってばー。俺、全然、生徒会に関係ない一般生徒っすよー?」 「俺には関係あるやろ」 「それは……」 否定できない。この一年で、会長にはお世話になってる、けどお。何故俺が、不真面目代表の俺が、生徒会なんちゅー堅苦しいものに入らなきゃいけないのか。 「流クンなら、容姿人望能力申し分ない。ちゅーか、他に適任がおらへんねん」 「俺、勉強できねっすー」 容姿端麗頭脳明晰、そんな人しか入れないでしょ、そんな期待を込めて言うと、また会長が笑った。 「安心しい、俺もできひんわ」 「そんな生徒会長やだ」 「え、ガチで引かんといて」 「あとあれ、俺、女の子好きだし! 風紀的によくなくない?」 「生徒会は生徒会であって、風紀委員はまた別やからなあ。それに、ウチの生徒に手ェ出すわけやないなら、ええんちゃうん」 「えーとえーと……」  他に俺のダメなところは……そこまで考えて、何だか虚しくなった。なんで俺が役員拒否するために、自己否定せにゃならんのだー。 「とにかく、ヤですー」 「とにかく、決定やから」 「は?」 今、なんて。 「会長の命令は、絶対ー。拒否権は、ありませーん」 そんな王様ゲームのノリで、俺の生徒会役員入り――ひいては、灰色の学園生活が始まった。

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