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第5章 パーティ! (16)

16  随分遅くなってしまったけれど、部屋のドアを開けると、まだ電気が点いていた。俺のベッドに腰掛けている、風呂上がりのさっぱりした雫と目が合う。 「お、おかえり」 「たっだいまあ」  部屋に帰った途端に、これまでの疲れがどっと出た感じがした。ふらふらとベッドに寄って、ばたりと倒れ込む。それを見た雫は笑って、俺の頭をぽんと撫でてきた。 「おつかれさん」 「ほんとにね、ちょお疲れたあ」 「俺は楽しかったけど?」  片目を細めて笑う雫を見上げて、眉を寄せる。  二人で踊ったときのことを思い出した。  確かに、すごく楽しそうだったのは否定しない。 「達成できたか?」 「なに」 「汚名返上」 「あー」  会う度に俺を親の仇みたいに見てきた薙刀ちゃんが、最後には前言撤回してくれたのだから、目標達成と言えるだろう。この期間中はナンパどころか、かわいこちゃんをチェックするのも止めていたし(チェックしたら声をかけたくなる、絶対)、スキンシップも最低限に留めていたし、何より。 「イケメンと踊ったからねえ」 「イケメン様々だな」  どの女の子を選んでいても、きっと炎上物件だった。  それを見越してか単に面白がってかは知らないが、相手が雫だったのは、一番いい選択だったのかもしれない。もしかしたら。 「まあこれはこれで、別の噂が生まれる気がするけどー……」  うっ、そういえば、文化祭のときに絡んできたヤンキーズが、『女好きとか言いながら生徒会長もタラしてんだろ』とか非常に心外な爆弾を放り投げてきた気がする。タラしこまれるほど安くねーから、あの人! 「それなら、」  雫が口端を持ち上げてにやりと笑って、仰向けに寝転ぶ俺の上に覆い被さってくる。顔の横に手を付けられて、影ができた。 「事実で上塗りしてみるか」  頬を撫でられて、一度瞬く。  囁く声色がイイ声なのは止めて欲しい。  俺は雫の肩を押した。 「なあにそれ、またなんかのマンガの真似ですかー」 「違ェよ、オリジナルだっての」 「つうか雫お前童貞だったの」 「えっ、今それ言うの」 「童貞かーそうかー雫くん童貞かーへー」 「あっお前今俺のメンタルめちゃくちゃ抉ってるけど雫くん気絶寸前だけど」 「あのさ、」  少し前に知り得た衝撃の事実が未だに引っ掛かっている。  腹筋に力を入れて、雫に顔を寄せると、雫は驚いて固まった。 「抜ける動画教えてあげよっか」 「間に合ってます!!!」  内緒話みたいに囁くけれど、被せ気味に拒まれて、俺はもう一度ベッドに沈む。勢いに負けた。 「えーなんでよー、無料でオススメ結構あるよ?」 「俺推しいるんで」 「推し?」 「それはもう妄想の中であれやこれや」 「え」 「え?」 「雫お前」 「はい」 「好きな人いるの」 「え」  別に、深い意味で尋ねたわけじゃないし、何なら、二次元のキャラの名前が即答で返ってくると思っていた。女の子が苦手で、かといって男が好きなわけではない雫に、こういう話を振ることはあまりない。恋愛沙汰の話は、俺のことを聞いてもらうことが常だった。  少しの間の後、じわじわと、雫の顔が耳の先まで赤くなる。  ――こんな顔、初めて見た。  目許まで赤く染まったことを自覚したのか、雫が目許を腕で隠して、思いっきり顔を背けた。 「し、しずくくん?」 「う、うるせーなお前と違ってピュアなんだよ悪いか」 「わ、悪くないけどさ」  なんでそんなに反応が大きいの、なんてのはとても聞ける雰囲気じゃない。  雫は小さく息を吐き出して、俺のベッドから下りた。俺も起き上がって、その背中を見る。 「寝る」 「あ、うん」 「ちゃんと風呂入れよ」 「はい」 「――いるよ」 「え?」 「好きな人」  いつものようにお母さんな一言を向けてきた雫が、俺の方を振り返らないで、間を開けて、質問への答えを向けてくる。  なにそれ知らなかった、ちゃんと教えろよー。  ――って、いつもなら肩をぐいぐいして軽い雰囲気で言えたかもしれないけれども、とてもじゃないがそんな軽口は叩けない。  それに、一瞬だけ見えた横顔が真剣なもので、茶化していいとは思えなかった。  親友くんの、本気の恋。  きっと、心から応援しなきゃいけないんだろう。  俺は唇を噛んで、ベッドから下りた。 「雫」  既に上のベッドに上がってしまった雫に、声だけ掛ける。 「ん」 「今日はありがと」 「おー」 「俺風呂入ってくるからさ」 「おー?」 「思う存分スッキリしてね!」 「は?」 「あっ、もし、まだちょっと無理とかそういうアレがあったら連絡くれれば遅く戻ってくるし、ていうかゆっくり入ってくるし」 「流、お前な」 「はい」 「デリカシーって知ってるか」 「それさ、俺らの間に必要ある?」  声だけのやり取りだったのが、起き上がった雫がベッドの枠から顔を出して見下ろしてくる。その顔は、いつも通りのものだった。 「必要ねーな、ほら行って来い」 「はいはい」 「のんびりめで頼むわ」 「お任せあれ!」  びしっと大袈裟に敬礼して、お風呂セットを掴んで部屋を出る俺です。男同士の相部屋だからこそ、プライベートタイムも、大事。いや、今まで全然意識してなかったけど、雫どうしてたんだろ……。  親友の性事情を考えながら、俺は大浴場へと向かった。  時間も時間だけあって、大浴場には誰もいない。独り占め気分でのんびり浸かって、アレやコレやに思いを馳せる俺だった。途中でうとうと意識が飛びかけたのは内緒だ。  ――月が、綺麗だ。  各務は自室の窓から夜空を見上げて、小さく息を吐く。この景色を見上げることができる時間も、数える程しか残されていない。 『総一郎、聞いているのか』 「――、ああ」 『冬休みの間に、一度こっちに来ておけよ』 「わかってる」 『高校生も残り三ヶ月か』 「そうだな……」 『未練のないように過ごせよ』  ――未練、か。  従兄の言葉が、耳の中に残る。  一言二言、言葉を交わして端末の電源を切った。  残り三ヶ月の間に、どれだけのことができるのだろう。  生徒会長として、各務総一郎個人として。  無意識に眉間の皺を刻んでいたのを、窓に映る自分の顔を見て気がついた。イケメンが台無しっすよ、とまた言われてしまう。  チャラくて鈍い会計の顔を思い描き、各務は再び息を吐く。  未練のないように、過ごせたらどんなにいいだろうか。  ――卒業まで残り、三ヶ月。

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