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 昼休みがやってくる。俺はいつもどおり、友達の席のそばにいって昼食の準備を始めた。なんとなく遠くの席の芹澤に目をやると、芹澤が隣の席の女子と話し込んでいる。よくよくみてみれば彼女の手元には教科書があって、彼女は四限の授業の内容について芹澤に教えてもらっているらしい。 「涙ー! はやくこいよ!」  そうやって芹澤が昼休みにはいっても席を立たないでいると、教室に一人の男子が飛び込んできた。彼はたしか……生徒会副会長の春原(すのはら)。長身でスタイルが良く、顔も性格もいいということで特に女子に絶大な人気を誇る男だ。 「あっ……ゆう」  芹澤は彼に気付くと……彼を「ゆう」と呼んで振り返った。その様子に俺はギクッとする。  春原の下の名前はたしか、「祐志」。「ゆう」ってそれは……彼をあだ名で呼んでいるということ。 「なかなか生徒会室こないから迎えにきたよ。あれ、数学教えてるの?」 「あ、うん」 「ふうん、みんなに頼られてるんだね。さすが、涙」  にこ、と笑った春原は流石の爽やかさ。芹澤に数学を教えてもらっていた女子も、ぽーっとした顔で彼を見上げている。  でも、俺はそんなことはどうでもよかった。春原に対する芹澤の態度が気になって仕方なった。いつものとげとげとした言動はなくなり、飼い慣らされた猫のような瞳で春原を見上げている。彼を「ゆう」なんて呼んでいるときなんて、喉を撫でられてごろごろいっている時みたいに甘くてとろんとした表情をしていて。  あんな……あんな芹澤、見たことがない。ようやく俺に少しだけ気を許してくれたのかと思ったのに、芹澤には俺よりもはるかに好いている人がいた。 「いこ、涙」 「ちょ、ちょっと待てよ芹澤!」  わけのわからないむしゃくしゃが、俺の胸の中で暴れ狂っていた。気付けば俺は彼らの元に近付いていって、そして春原と共に教室を出ようとしていた芹澤の手を掴んでいた。 「えっ……藤堂、何」 「あっ……いや、」 「……わけわかんない。放して」 「……ご、……ごめん」  教室中の生徒が、びっくりしたような顔をして俺を見ている。そこで俺はようやく自分のやったことのおかしさに気付いた。恥ずかしさでカッと身体が熱くなる。 「えっと……君、涙になにか用事あった?」 「え……あ、俺も教えてもらいたい所があって」 「そうなの? ごめんね、涙を奪っちゃって。後でも大丈夫かな」 「全然! 大丈夫、大丈夫だから! 悪い、引き止めて」  一瞬、春原は訝しげな目つきで俺を見たが、すぐに柔らかく笑ってみせる。そりゃあ突然金髪の男が生徒会長芹澤の手を掴んだりしたら怪しむだろう。そんな俺ににっこりと微笑みかけた春原という彼はできた人間らしい。俺は本当に恥ずかしくなって、すごすごと二人から離れていく。  本当になんでこんなことをしてしまったのか、わからない。芹澤が春原に柔らかい表情をみせた瞬間に、心臓が焼かれるような不快感を覚えた。  俺にからかいの言葉を浴びせてくるクラスメートを適当にあしらいながら、俺は自分自身に問いかける。  俺は、芹澤のことをどう思っているんだ、って。

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