37 / 250

16

 たくさん芹澤とのハグを堪能した俺は、満足してベッドに横になった。この気持ちいいふわふわとした気分のまま寝てもいいんだけどな……と思ったけれど、まだ寝るには早い時間だ。何をしようかな、と考えようとすれば、自分のかばんを開けてノートを取り出した芹澤が視界に入る。 「……芹澤なにしてんの」 「……なにって……課題だけど」 「課題やんの!? えらっ」 「え、課題やんないの? 大丈夫?」  どうやら芹澤は学校の課題をやろうとしていたらしい。いつも学校で提出ギリギリにやっている俺からすれば、信じられない行動だ。さすがは生徒会長とでもいうべきだろうか。  俺が唖然としていると、芹澤がちらっとこっちを見てくる。 「……教えてやってもいいけど」 「えっ?」 「課題、教えてやってもいいよって言ってんだよ! おまえがいつも慌ててギリギリにやって間違いばっかりしているの知ってるからな!」 「な、そんなに間違ってねえし! 4割正解だ!」 「半分以上間違ってんだろ!」  つーんとした顔をしながら、芹澤は照れくさそうに頬を紅潮させて「教えてやる」と言ってきた。芹澤から俺にそういったことを言ってくるなんてびっくりしてしまって、俺は一瞬固まる。  でも、ここで機会を逃すわけにはいかないと、俺はベッドから降りて芹澤の横に腰をおろした。芹澤は俺が近くにくるとぴくっと肩を震わせたけれど、もう逃げたりはしない。 「……芹澤」 「な、なんだよ」 「こっち」 「うわっ……」  そっと芹澤の腹に手をまわして、引き寄せる。ずるっと滑らせるように芹澤を俺の上に乗せれば、芹澤は俺の上に座るような形になる。そんな体勢にびっくりしたらしい芹澤はわたわたと暴れだした……が、逃さまいと俺が後ろから抱きすくめてやれば、「ひゃうっ……」なんて声を漏らして縮こまってしまう。 「じゃ、教えて」 「ばっ……教えてもらう気ないだろ! 筆記用具は!」 「解説聞いてるからさ、この状態で、さあ」 「さあ、じゃない! 真面目にやる気ある……んっ……」 「ん、どうした、芹澤」  ツンツンと怒り出す芹澤をなだめようとのんびりと話しかけていれば、芹澤が突然ビクンッ、と体を震わせる。どうしたのかな……と思って視線を落とせば、芹澤の首が赤くなっている。    あ、と俺は気付いた。耳元で喋ってしまったからだ。  芹澤はぷるぷると震えて、教科書を持つ手にぎゅっと力が篭ってしまっている。ためしにちょっとだけ唇を耳に当ててみると、「あっ……」と芹澤が小さく声をあげてみじろいだ。これは……面白いな、そう思ってしまう。 「芹澤」 「うっ……な、なんだよ、……」 「んー? いや? 早く教えてよ、って思ってさ。ね?」 「ん、ゃっ……」  芹澤の顎を軽く掴んで、その状態で芹澤の耳に唇を当てながら話してやった。そうすると芹澤の体はぶるぶると震えて、そして手からばさりと教科書を落としてしまう。随分と敏感だな、と思って軽く笑えば、俺の吐息が芹澤の耳にかかった。すると、芹澤はぞくん、と身体を震わせ口に手をあてて、くたりと俺に体重を預けてくる。 「芹澤? どうした?」 「あっ……だ、だめ……藤堂……それ、だめ」  ぐったりとして俺の攻撃から逃げるようにしている芹澤の顔を手のひらで支えながら、ぐっと唇を耳に押し当てる。芹澤は片手を自分の口元に、そしてもう片方の手は……俺の服を掴んでいた。ゆでダコみたいに顔を赤くしながら震えて、俺に完全に体を委ねている。 「……嫌がっては、ないよな」 「んっ……い、いやだっ……いやがってんだ、よ……」 「口は相変わらずだけど、体の反応が変わってんだよなー」 「あっ……」  この反応は、怯えているわけではない。それは一目瞭然だ。前と同じく声がつまったように喘いではいるけれど、その声は色が帯びている。ガチガチに固まった声ではなく、甘みのある、とろんとした声。  手を重ねて指を絡めれば、ぴくっと芹澤の肩が跳ねる。瞼を飾る睫毛がふるふると震えていて、目がとろんとしているのがわかる。  ……こいつ、もしかしなくても、感じているな。    芹澤の体温が上がっているのか妙な熱気を感じてきたあたりで、俺は確信した。このツンツンな王様・芹澤は俺の声で感じている。 「名前で呼んでやろうかー? 涙ー?」 「ひっ……」 「可愛いな、涙」 「ま、まって……あ、」  脚をもじもじとさせて、はーはーと息をして。心の中で他人を拒絶して触れ合ってこなかった芹澤は、俺が無理やりその拒絶の壁を破って裸にしてやれば実に純粋な体を表した。触れれば大げさなくらいに感じてしまう。  あくまで触れられることへの恐怖を破ればの話だから、まだ触れたことのない部分に触れたりとか慣れていない相手から触れられたりすれば、また怯えてしまうだろう。だからまだ直接肌に触れたりしちゃいけなくて、俺にできるのは服の上から抱きしめたり、こうして耳元でささやいたりすることだけ。なかなかにしんどいけれど……顔を赤らめて感じている芹澤の姿は、絶景だ。 「涙。もっと可愛い顔見せろよ」 「あっ……あ……藤堂、……だめっ……」 「だめっていうなら俺のこと突き飛ばしてみれば? 嫌いなんだろ? るーいー?」 「うっ……あぅ……」  声だけでどこまでいけるだろう。感じすぎているのか涙が潤んできた瞳をみて――俺の心に火がついた。  芹澤を抱きしめたまま床にごろりと倒れて、軽く覆いかぶさってやる。俺の体と床に閉じ込めるようにしてやれば、芹澤は体を丸めて俺の攻撃から身を守ろうとした。 「どうしたよ、涙。早く逃げろよ?」 「あっ……あっ……」 「はは、もしかしてこうされるの、気に入った?」 「……っ、ち、ちが……」 「ふん、口は可愛くねえの。ほら、手、貸しな」  解けていた指をもう一度絡めて、体の密着度を高めていく。そうすると徐々に芹澤の体から力が抜けていって、素直に俺に抱きしめられてくれた。  可愛い奴。こんなに俺に気を許したら、ほんとうに喰っちまうぞ。  もう、芹澤が可愛くて仕方ない。我慢するのがほんとうにしんどい。キスをしたい、抱きたい。我慢しなくてはいけないとわかっているのにふつふつと湧き上がってくる欲望に、俺は苦しめられる。 「……とうどう」 「……!」  もうほんとうに我慢が辛い――そう俺が限界を感じた、そのときだ。芹澤がゆっくりとふりむいた。濡れた瞳と至近距離で目が合って、ドキンと心臓が高鳴る。 「……目、見てていい?」 「へっ……」  芹澤はもぞもぞと体の向きを変えて、俺と向かい合った。息のかかるくらいの距離で見つめられて、さらに心臓の鼓動が早くなっていく。  俺と目を合わせれば、芹澤は緊張しているように唇を噛んだ。繋いだ手に、力が込められる。 「せ、芹澤……?」 「……はやく」 「え?」 「するなら、はやく。こうしていれば、……きっと大丈夫。藤堂なら」 ――する、とは?  芹澤の言葉の意味をぐるぐると考えて、約3秒で俺は答えに気付く。――こうして俺と目を合わせていれば、エッチしても大丈夫だよ。たぶん芹澤はそう言っている。 「おっ……おまえっ……ば、馬鹿野郎!」 「えっ!?」 ――ヤバい。直感でそう思った俺は、ガバっと起き上がって芹澤から飛び退いた。勢いが良すぎてゴンッと机に頭をぶつけてしまう。 「えっ、と、藤堂……その……」 「そ、そういうこと簡単に言っちゃいけないんだからな、俺で良かったな、他の奴に言ってたら遠慮なくパクッといかれてたぞ!」 「とっ……藤堂はいかない、……の?」 「~~ッ、されたいのか! おまえは俺に、抱かれたいわけ!?」 「ちっ……違うバカ! 違う、違うから! 俺は、ただ、えっと、その、藤堂がしたいのかと思って、……でも違ったから、えっと、拍子抜けしたっていうか、……」 「なんだよ、俺がしたいって言ったらしてくれんの!?」 「すっ……するかバカー!」  ぼんっ、と火山が噴火するような勢いで芹澤が叫ぶ。起き上がって、乱れた髪の毛を直して、恥ずかしそうに俺から目を逸らしてきた。  可愛い。なんでこいつはこんなに可愛いんだ。  芹澤に襲いかかりたい欲望を理性を総動員して押さえつけて、俺はベッドに戻る。ここで強引にセックスしたら、今までの我慢が水の泡になりそうな気がするからだ。もう少し、じっくり芹澤にふれられることに慣れてもらってからだ。きっとまだ、直接肌に触れられるのは怖いだろうから。  これ以上起きていると、ふとした拍子に芹澤に欲情してしまいそうだ。時間も時間だし、寝ようと俺は決める。 「……と、藤堂?」 「え、なにそこでぼーっとしてんの。そろそろ寝る時間だろ」 「……あ、うん」 「……どした?」 「あ、えっと……布団が、……あの、出してもらえたら嬉しいんだけど……」 「え? 俺と一緒に寝るんだけど?」 「えっ」  芹澤は今日も俺と同じベッドで寝ることになるとは思っていなかったらしく、動揺していた。でも、俺が「ほら」と言って布団をめくりあげれば、のそのそと近づいてきて布団に潜り込んでくる。 「はは、今日は素直だな」 「……布団、俺の分ないからしかたなくだよ」 「はい、そうですか、はいはい」  自分から俺にぴとっとくっついてきてるくせに、口はやっぱり可愛くない。そこがまた……イイんだけど。  またムラッときてしまったことに気付いて、俺は慌ててリモコンで部屋の電気を消す。これ以上芹澤の赤くそまった肌をみていたら、またちょっかいをかけてしまいそうだったから。

ともだちにシェアしよう!