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家に帰ってから、俺はずっとスマホを弄っていた。何をしていたのかといえば、調べ物、だ。
俺は春原に「涙はおかしくない」と言ったけれど、話を聞いているとどうにも涙の状態は少し危ないんじゃないかと思う。ただ鬱々としているんじゃなくて、幻覚をみたり色盲になってしまったりと体に異常がでてしまっているからだ。それでも春原の「異常者」という言い方は許し難いけれど。
調べてみれば、涙の症状は聞き馴染みのある病名だったり、長くてよくわからない病名だったりと、色んなものに当てはまる。治療法はストレスを緩和させるだとか薬を使うだとか、それも様々。どうすれば良いのかと悩みながらも、俺はずっと調べていた。
俺の、何が足りなかったんだろう。俺は、どうすればよかったんだろう。絶対に俺に出来たはずのことはあったし、俺がどこかで選択肢を間違えてしまったに違いない。
俺が、涙を幸せにすると誓ったのに。俺は……
「……!」
悩んで、悩んで……そうしていると、スマホの画面が勝手に切り替わる。電話がかかってきたのだ。……相手は、涙。
「……はい」
恐る恐る、電話にでた。俺は、なんでこんなに涙の電話にビビっているんだろう。
「……涙?」
『……』
「……どうした?」
『……あの』
沈黙が、重い。ああして俺を追い出した涙が、一体どんな話を切り出してくるのか、怖かった。
そして、怖いと感じている自分に、嫌気がさした。だって、怖いって、それは。
『……別れて』
「別れよう」、そう言われることを察していたから。そして、涙と別れるのが嫌だったから。俺が涙を手離したくないという自己中心的な想いが自分の中にあるのだと、実感してしまったから。
涙のことを想うなら、別れるということにここまで恐れる必要はないんじゃないかって。涙が嫌だと感じているのに別れないでくれと言うのは、自分勝手なんじゃないかって。別れてしまっても、涙を支える手段なんていくらでもあるのだから。
考えても、考えても、自分への嫌悪が強まっていくばかり。まだ、涙に触れていたい、涙に俺を見ていて欲しい、その欲望を拭い去ることができない。
涙と恋人同士になって涙を幸せにできるのは俺だけだなんて、そんな自信はもう、なくなってしまった。だって、涙を傷付けてしまったばかりなのだから。
「……涙は、俺と別れたい?」
『……俺は……結生と一緒に、いたい、……けれど、』
「俺だって一緒にいたいよ……!」
『……いい。もう、いい。俺は、結生にとって、重荷だったでしょ? 逢見谷みたいな、明るい、普通の子がいいよ』
「そんなことない、俺は涙が一番好きだよ、」
なんで、こんなに涙は自分を卑下するのだろう。俺にとっての一番だって、思うことができない。
俺が、気持ちを伝えきれていなかったからなのだろうか。俺が、涙のことを支えられていなかったから。涙が大変な状況にあるとわかっていながら、何もできなかったから。俺が……
『……大丈夫、結生のことを恨んだりとか、全然してないから。こうなるのが、わかっていた。俺は、誰かに愛されるなんて、似合わない人だから。ほんの短い間でも、結生と一緒にいられたのが、奇跡だったんだ』
「――涙、なあ、涙、……本当に俺は、涙のことが一番だし、涙以外の人に気が移ったりなんてしてないから……涙、俺はおまえを、愛しているよ、……涙……」
言葉は、伝わらない。もう、涙の心は、閉じてしまった。今更のように気持ちを伝えたところで、涙にそれは薄っぺらく聞こえるだろう。
――涙、ごめん。
『ありがと。俺のことを好きって言ってくれて、ありがと。夢をみれて、嬉しかったよ』
「――涙、……』
……ごめん。
――電話は、そこで途絶えてしまった。
「……ッ」
笑わせてあげたかった。俺が、涙をいつか笑わせてあげたかった。綺麗な世界を、みせてあげたかった。
俺の、独りよがりな望みだったのだろうか。俺が一人で満足して、何一つ涙には届いていなかったのだろうか。
「……涙、……ごめん……」
ただ、謝ることしかできない。後悔することしかできない。
そんな自分が、恨めしい。
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