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「涙~、涙~、ここ、教えて」 「自分で調べてやれって」 「お願い! 次あてられそう!」 「……仕方ないなあ」  休み時間、俺は涙の席に教科書を持ってへばりついていた。英文の和訳、席の順番的に俺があてられてしまう。俺の頭だとどうあがいてもこの休み時間中にはできそうになくて、泣く泣く涙にすがりついたのである。  涙はむすっとしながらも、和訳を記したノートを見せてくれた。この短い休み時間だと、きちんと教えるのは難しい。ノートを写させてくれる、というとてもありがたいことをさせてくれた涙に、俺は感謝した。 「まじ助かる~! お礼、ちゃんとするから」 「なにしてくれるの?」 「えっと……じゅ、ジュースおごる!」 「いいよ、それは」 「ええ、じゃあなにすればいいんだよ」  机の側にしゃがみ込んで、俺は涙を見上げた。涙は頬杖をつきながら俺を見下ろして、目だけでにやにやと笑っている。今、涙はめっちゃたのしんでいるなっているのは、たぶん俺じゃないとわからない。  どんな難題を出してくるんだろう……ちょっとだけ俺がびくびくしていると、涙が上半身を落として、俺に顔を近づけてくる。そして、そっと耳元に口を寄せてきた。 「……今日、結生の家にいっていい?」 「……っ、……!!」  はっとして涙の顔を見つめれば、涙はちょっとだけ照れたように、睫毛の影で瞳を隠している。  ……なんという。  ……ことでしょう。  少し前では考えられない、涙のお誘い。俺はそれに感動すればいいのか、驚けばいいのか、照れればいいのか、どうすればいいのかわからなくてパニックになってしまった。顔が熱くてたまらないから、顔を手で隠して、もう一度涙を見つめる。 「……俺のうちで……どんな、お礼すれば……よろしいでしょうか……」 「!」  質問を返してみれば、涙も顔を赤くしてしまって。ちょっとした沈黙が生まれて、そんな沈黙から……今夜の、ぽやぽやとした展開を妄想してしまう。  なんだか、涙と思いっきりいちゃいちゃできるの久しぶりかもしれない。そう思うと嬉しくて……俺はくーっと喜びをかみしめて、目を閉じた。 「――芹澤ー! ここ教えて! ヘルプ!」 「わっ……」  じーん、としていると、涙の後ろから元気な声。誰だよ邪魔をするのは、と見上げてみれば、そこにいたのは横山。半泣きの顔で教科書を持って立っている。 「あれ? なんか芹澤、いつもより元気?」 「……そう?」 「ああ、なんか。楽しそうだね」  横山はごく当然のように涙のノートを書き写し始めた。涙が「自分でやってよ」と顔を赤くしたままに横山を怒れば、横山は「ごめんごめんこれでゆるして」と言って新発売のお菓子を涙の鞄にすっと入れていた。  ……やっぱり、涙、元気になったなあ。  クラスメイトとの接し方も、ちょっと柔らかくなっている。このまま、幸せになってくれたらいいんだけどな。そんなことを思って……俺は、横山と話している涙を見つめていた。  今夜への期待を、こっそりと胸にしながら。

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