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   買うものを買った俺たちは、そのまま電車に乗っていつもの駅までたどり着いた。そこからは、なんだか久しぶりな自転車二人乗り。時間も良い感じ、紫陽花色の空のなかに残照が散っていて綺麗だ。涙もこの空の色がわかるようになったらいいなあ、なんて考えながら、俺はペダルを漕いでゆく。 「涙ー?」 「ん?」 「あの空、どう見えているー?」 「んー……あんまり、色がわからないかなあ。あ、でも……光はわかるよ。金色。金色の光が空に漂っている」  淡くグラデーションのかかる空。その中で細長く広がる雲が放つ黄昏の光を、涙は感じ取っているらしい。金色……そうか、涙にはあれが金色にみえるのか。  俺は目を細めて、遠くに泳ぐ雲を眺めた。まぶしい、残照。睫毛でぼやけるその光は、涙の見ているものとおんなじ。 「……どんな金色?」 「……教会に差し込む光みたいな」 「教会、いったことあるんだ」 「小さい頃に、一度だけ。聖歌隊の歌を聴きにいったんだ。あの人に、つれられて……。あの頃、俺は……幸せな未来を信じていた」  神様が降りてくるときの、光。それを、涙はあの残照に投影しているみたいだ。  俺は、ホッとした。地獄の業火のような色なんて言われたらどうしようかと思った。希望を持っていた頃の記憶と重ねてくれたということは……喜ばしいこと。 「じゃあ、今の涙は幸せな未来を信じられているんだな」 「えっ」 「綺麗だよ、あの光。涙にもそう見えているみたいで、よかった」  俺の腹部に回された涙の手の指先が、もそもそと動く。ぎゅっと力の込められた腕から感じるのは、涙の暖かい体温。 「……結生。結生には、あの光、どう見えてるの」 「赤みがかった光」 「どんな赤?」 「うーん、涙が照れたときのほっぺみたいな赤」 「なあに、それ」  きゅ、と自転車を止める。涙の声色に、俺を呼ぶ声を感じたから。  振り向けば、涙の瞳のなかに金色が瞬いていて、どきりとした。 「……信じてるよ、俺」  涙が、ささやく。  涙の頬に手を添えて、そうすれば黄金色の風が吹いた。涙の髪をさらさらと揺らしている。  目を閉じて、長い睫毛で影をつくった涙の瞳。ゆっくりと開いて、もう一度俺を見つめる。 「……結生との、未来」  そっと、目は細められて。 ――確かに、涙は微笑んだ。 「……、愛してる、涙」  唇を重ねればこみ上げてきた愛おしさに、俺の胸は締め付けられた。

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