207 / 250
8
買うものを買った俺たちは、そのまま電車に乗っていつもの駅までたどり着いた。そこからは、なんだか久しぶりな自転車二人乗り。時間も良い感じ、紫陽花色の空のなかに残照が散っていて綺麗だ。涙もこの空の色がわかるようになったらいいなあ、なんて考えながら、俺はペダルを漕いでゆく。
「涙ー?」
「ん?」
「あの空、どう見えているー?」
「んー……あんまり、色がわからないかなあ。あ、でも……光はわかるよ。金色。金色の光が空に漂っている」
淡くグラデーションのかかる空。その中で細長く広がる雲が放つ黄昏の光を、涙は感じ取っているらしい。金色……そうか、涙にはあれが金色にみえるのか。
俺は目を細めて、遠くに泳ぐ雲を眺めた。まぶしい、残照。睫毛でぼやけるその光は、涙の見ているものとおんなじ。
「……どんな金色?」
「……教会に差し込む光みたいな」
「教会、いったことあるんだ」
「小さい頃に、一度だけ。聖歌隊の歌を聴きにいったんだ。あの人に、つれられて……。あの頃、俺は……幸せな未来を信じていた」
神様が降りてくるときの、光。それを、涙はあの残照に投影しているみたいだ。
俺は、ホッとした。地獄の業火のような色なんて言われたらどうしようかと思った。希望を持っていた頃の記憶と重ねてくれたということは……喜ばしいこと。
「じゃあ、今の涙は幸せな未来を信じられているんだな」
「えっ」
「綺麗だよ、あの光。涙にもそう見えているみたいで、よかった」
俺の腹部に回された涙の手の指先が、もそもそと動く。ぎゅっと力の込められた腕から感じるのは、涙の暖かい体温。
「……結生。結生には、あの光、どう見えてるの」
「赤みがかった光」
「どんな赤?」
「うーん、涙が照れたときのほっぺみたいな赤」
「なあに、それ」
きゅ、と自転車を止める。涙の声色に、俺を呼ぶ声を感じたから。
振り向けば、涙の瞳のなかに金色が瞬いていて、どきりとした。
「……信じてるよ、俺」
涙が、ささやく。
涙の頬に手を添えて、そうすれば黄金色の風が吹いた。涙の髪をさらさらと揺らしている。
目を閉じて、長い睫毛で影をつくった涙の瞳。ゆっくりと開いて、もう一度俺を見つめる。
「……結生との、未来」
そっと、目は細められて。
――確かに、涙は微笑んだ。
「……、愛してる、涙」
唇を重ねればこみ上げてきた愛おしさに、俺の胸は締め付けられた。
ともだちにシェアしよう!