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最後の思い出

「なーんか、名残惜しいよなあ」 荷物が運び去られてガランとした家を見て回りながら俺が言うと、拓斗が美夜子さんの部屋から「なにー? 春樹ー?」と叫んだ。 「なんでもなーい」 叫び返しながら玄関から美夜子さんの部屋に向かう。 なにも叫ばなくても声は通るのだが、なんとなく大きな声を出したのは寂しさを埋めたいからなのかもしれない。 「拓斗、なにしてんの?」 美夜子さんの部屋の中、拓斗は押し入れに頭を突っ込んで悶えていた。 「壁板の隙間になにか挟まってるの。厚紙なんだけど、ぜんぜん取れなくて」 「どれ、見してみ」 長身の拓斗がもそもそと尻から這い出し、押し入れに背を向けた。 引っ越しに際して、押し入れの中も必死に掃除したにも関わらず、拓斗はなんだかススケていた。 「あっついねー」 のんびり言うが、今日は別に暑くはない。拓斗はやけに赤い顔をしていた。 ひたり、と額に手のひらをおくと、異様に熱かった。 「お前、熱あるぞ」 「えー、ないよお」 「またそういう適当なことを言う。体温計を……」 いや、そうだ、なにもかも運び出してしまったのだった。 「春樹?」 ぽやんとした表情の拓斗の横をすり抜けて、押し入れ上段に二組だけ残した布団のうちから、毛布を出して投げかけた。 「わぶ」 「少しでも寝ておけよ。お前、疲れがでてるんだよ」 拓斗は毛布から顔をのぞかせて「えへへー」と嬉しそうに笑った。 俺と拓斗は幼馴染みで、ずっと一緒に育ち、この春、同じ大学に合格した。 拓斗にとっては楽々受かるレベルの大学だったが、俺にとっては命がけで勉強しなければならないところだった。 拓斗のスパルタ家庭教師によって、この春、俺はなんとか大学生になれる。 実家から離れた大学に行くため、俺たちは家財道具を処分した。 高校時代から俺たちは、そのう、なんというか、同棲! をしていた。 拓斗の実家である母親の美夜子さんの家を我が物顔で占拠していたのだが、美夜子さんも再婚してこの家に帰ることは少ない。 家財道具はほとんど処分することになった。 「はー、ぬくぬくだあ」 布団にころんと丸まった拓斗は、ふだんの高身長が嘘みたいに小さくなる。なぜかは知らない。筋肉もついた美しい体なのだから、それなりに容積もあるだろうに。 丸まったと思ったら、拓斗はあっという間に寝てしまった。 昔から拓斗は、熱に弱い。 俺は拓斗の代わりに押し入れに這いこみ、厚紙とやらを探した。 「ああ、これか」 厚紙はどうやら押し入れの奥、壁板の隙間を埋めるために押し込められたもののようだった。 「うーん」 これをどかすと湿気や害虫の被害について問題がありそうだ。 だが、拓斗が気にしていた。見せてやりたい。 隙間には新聞紙でも詰め込めばいいか。そう思って厚紙を破らないように引き抜いた。 押し入れから這い出してくしゃくしゃになった厚紙を開く。 「!?!?!?」 これ、俺が書いたやつじゃん! なんでここにあるんだよ! 変な呻き声をあげてしまった。あわてて拓斗を見やると、聞こえていなかったようで気持ちよさげにすぴすぴと眠っている。起こしていない、セーフだ。 「なんでこんなところに……」 そっと紙に目を落とす。幼稚園時代のお絵描きだ。クレヨンで描きなぐった絵は、きっと俺以外の誰にも意味がわからないだろう。 おそらく、俺が忘れて帰ったこの落書きを見つけた美夜子さんがリユースしたのだろう。 それにしても懐かしい。こんなもの描いたなんてちっとも覚えていなかったのに、見たら一瞬で思い出した。 あの日の光景も全部。 あの日も拓斗は熱を出して寝込んでいた。 遊びに来た俺は拓斗の枕元で、拓斗がリクエストした絵を描いてやっていた。 俺の下手な絵を見て機嫌良く笑う拓斗がかわいくて、俺は何枚も描いてやった。 「春樹の好きなもの描いて」 そう言われて気合いを入れて描いている間に拓斗は眠ってしまった。 美夜子さんがおやつを持ってきてくれて、俺自身もその絵のことを忘れた。 「あ、これ」 すぐ後ろから声がしてぎょっとして振り返る。 拓斗が布団を引きずって俺の肩越しに落書きを見ていた。 「これだったんだあ」 「お前、覚えてるのか?」 「うん。そっかあ、美夜子さん、取っておいてくれたんだ……」 声がだんだん力弱くなって、拓斗は俺の肩に顔を埋めて寝てしまった。 首筋にかかるふわふわ天パの髪がくすぐったい。 でもそれが心地いい。 厚紙の絵と拓斗の頭を見比べる。俺としては似ていると思うのだが、他の誰にもこの絵が毛布にくるまって寝ている拓斗だとはわからないだろう。 「熱上がるぞ」 拓斗をささえて畳におろす。布団をかけてやると、拓斗はうっすらと目を開いた。 「春樹」 「ん?」 「僕も好きだよ」 そう言ってすうすうと寝入ってしまう。 不意打ちの言葉に真っ赤になった俺は、ごまかすように手にした厚紙を元どおりにたたんだ。 ふと、手が止まる。 拓斗には、この絵がわかったんだな。 『春樹の好きなもの描いて』 もちろん、俺の好きなものは 「お前だよ、拓斗」 ぐっすり眠っている拓斗の頬に唇をつけて、そっと頭を撫でた。

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