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第10話

 俺は過去に振られた経験から、もう誰にも告白なんてしないと思っていたことを早瀬に告げた。 「自分が抱くのは恋愛感情なのに相手にとっては友情なんだ。気持ちは絶対に交わらない、そう思った方が楽だった」 「だから全部を友情と思うことにした?」  黙って聞いていてくれた早瀬が穏やかに尋ねる。 「──そう」 「他人の頭ん中分かんないのは誰だって同じだぜ。俺だって、これだけ露骨な態度取ってるのにもしかしてお前は全く気付いてないのか?って、思ってた」 「うん──そうだよね」 「それに……見た訳じゃないから確信持てねえけど、その二人はお前に恋愛感情持ってたと思う」 「……でも、じゃあ、なんで……」 「無自覚か、受け入れる覚悟がなかったか。なんにしてもガキだったんだろ。朝比奈は何も悪くない。むしろ真剣に受け止めて告白までして勇気あるじゃん。俺はその二人に嫉妬するけど」 「早瀬がそんなの感じる必要──」 「分かってる」  顔を上げられ口づけられる。甘い恋人のキス。 「早瀬、早瀬……好き、ホントに大好き」  今まで抑え込んでいた分、気持ちが溢れ出してくる。俺は首にすがり付いて頬を寄せた。 「……あんま好き好き連呼すんなよ」  困ったような声色で早瀬が俺を見る。 「……なんで?」 「俺の理性、焼き切れそう」 「あ……」  きっと今まで俺が悩んでいるのを見てきたから、気持ちが通じたからといって俺がすぐに受け入れられるか心配してくれているんだ。  でも、大丈夫だ。だってこんなにも早瀬が愛おしい。 「……我慢、しなくていい……」 「もっと先まで続き、していいってこと?」  低く掠れた声で早瀬はささやいた。 「いいよ──」  早瀬は俺の両手をつないで指を絡める。その手を顔の左右で縫い止められた。  それから早瀬にキスをされる。  重ねるだけのキスが何度も角度を変え繰り返された。  ついばむような愛おしむようなキス。  時折、下唇だけを挟んで柔らかく弄ばれたり、軽く噛んで引っ張られたり……。  そんな事を長いあいだ繰り返している内に、自分の中に熱っぽい感情が沸いてきて戸惑った。  早瀬はそんな俺の変化を見透かしたのか誘うように促す。 「朝比奈……口、開けてみて」  言われるがまま薄く口を開く。開いた先から舌を差し込まれ、ねっとりと絡め取られる。 「ん……んっ……んぅん……っ」  あまりの刺激の強さに喉の奥で声にならない声が止まらない。  すがらずにはいられずに絡めた早瀬の手を強く握る。  そんな俺をあやすようにやわやわと握り返してくれるが、キス自体はさらに濃厚なものになる。  吸い上げられた舌先を甘噛みされ、口内を舌で撫で尽くされる。 「早……せぇ……ん……っ」  嚥下(えんげ)しきれない唾液が溢れて頬を伝う、それでもまだ口中を蹂躙(じゅうりん)された。  動作一つ一つはとても丁寧でそれだけに淫らなもので、もうおかしくなりそうだった。 「早……瀬……やっぱり……もう……」  嫌な訳ではないけれど、このまま続けるとひどく乱れそうで、そんな姿を早瀬に見られるのは怖かった。 「もう、やめてやれねえよ」  熱い吐息を、囁きと共に耳に吹き込み、そう断言された。  そしてまた角度を変えさらに深いキスをされてしまう。 「んっ、うぅん……」  キスで繋がったまま早瀬は絡めた両手を一旦離すと俺の浴衣の胸元に手を差し込んだ。  探っていたものを捜し当てると、ゆっくり擦るように押し潰す。 「んぅ……っ……それ、や、んんんっ」  唐突に与えられた未知の快感に、身を捩って離れようとするが、早瀬は逃がしてくれない。  突起を押し潰したまま円を描くように愛撫する。 「早瀬、早瀬っ……ダメ……や、だ、」  身体が蕩けてしまうみたいだった。  早瀬によってもたらされるものは快感以外のなにものでもなく、一度飲み込まれたらどうなってしまうか分からない。  だが早瀬の愛撫は留まることなく俺を責め続ける。  右の胸をこねられたまま左の突起を舌で舐められる。  体中に電流が走ったようで早瀬にしがみついてその快感に耐えようとする。 「……や、ぁ……早瀬……うぅ……んっ」  左右の尖った果実を散々弄んだ後早瀬は一旦手を止め、俺の鼻先に軽くキスして頭を抱いた。 「感じてる朝比奈、めちゃめちゃ可愛い」  上から聞こえる声は満足そうで、その手は俺の頭を撫でる。 「そんな……こと、口に出すなよ……」 「本当の事だろ」  首筋に口付けられ早瀬の動き出す気配にびくりと身体が強ばる。 「それに」  早瀬の手が思いがけず強い力で俺の腰を引き寄せ、それまでおそらく意図的に触れなかった下半身を密着させる。  早瀬の高ぶりと……俺の欲望も知られてしまう。 「可愛いから苛めたくなるって言ったろ」 「どういう理屈だよ……っ……あ、っああっ……」  答えはなく代わりに押し付けられた互いのもので擦り合うように腰を使われる。布ごしのもどかしい感覚でも意識が宙に浮くほどの刺激だった。 「や……だ、そんなの……」 「(じか)の方がいい?」 「そういう意味じゃ……あ、やだ、まっ……んんっ」  言うが否や早瀬の手は巧みに俺の下着にするりと滑り込み、ゆるゆると握られる。 「……あ、あん……無理……や、ぁ」 「すげえ、音がするくらい溢れてる」  そこは先程からの強すぎる刺激で我慢できなかった先走りで濡れそぼっていた。 「早瀬の……せい、だ……ろっ」 「それ、すっごいエロいな……」  明らかに欲情を感じているハスキーな声。自分がその対象として見られている思うと身体が燃える様に熱を帯びる。  俺の余計な一言で火の付いた早瀬は手のひら全体で粘液を塗り広げるようにゆっくりしごいていく。 「ああん……んっ、ん……やめ、て……ダメだって……」 「俺に、こんなに感じさせられて、いやらしくなってる朝比奈、超可愛い」  もうそれ以上されたら、本当に我慢ができない。  早瀬の肩口に縋って必死に快感の波に耐えるが、自分でも腰が動いてしまうのを押さえ切れない。 「辛いんだろ?出しちゃえよ」  優しげな声とは裏腹に責める手は激しくなる。 「ば……かぁ……やだ……離せ、て、っうんん」 「いいからイケよ、(れん)」  強い口調は突然名前を呼んだ。  そしてそれは今までの刺激よりもずっと強い刺激となって下腹部を襲い、もう限界だった。 「え?……っあ、やぁ、も、ああ、んっ……あんんっ」  早瀬はぐったりとした俺を、さっき額に乗せていた濡れタオルで手早く後始末し、抱き寄せた。  俺は動く力もなくそのまま胸に収まっていた。  ……だが気付いてしまう。早瀬の欲望が全く鎮まっていないことに。 「早瀬、辛くない?……それ」 「正直、辛ぇ……」  吐息のようなため息を吐く。それがやけに艶っぽくドクリと胸が騒ぐ。 「抜いてきてい?」  布団を出て行こうとするので、とっさに腕を掴む。 「え?」 「……俺が……しても……」  消え入りそうな小さな声しか出なかった。 「なに?」  早瀬にもしたかった。さっき自分がされて、わけが分からないくらい気持ち良かったように、感じて欲しいと思った。  状況が分かっていない早瀬の浴衣の裾におずおずと手を伸ばす。その意味を理解した早瀬は黙って身体を戻して俺の額にキスした。 「……お願いがあるんだけど」 「なに?」 「浴衣、脱いでくれない?」 「……俺だけ全裸?」  別に良いけど、と言うと早瀬が身体を起して躊躇(ためら)いもなく脱ぎ捨てる。  さっき、のぼせて倒れるまで盗み見ていた形の良い体躯をちゃんと、見たかった。 「やっぱり……すごい、綺麗」  無駄のない筋肉のついた厚すぎない胸板にそっと手を這わせる。手のひらを押し当てるようにしてその体温を確かめる。  もう片方の手を猛りに添えると驚くほど熱くなっている。 「お……前、に触られると、かなり……ヤバいんだけど」  早瀬の息が上がっている。俺を攻めていた時はあれほど余裕だったのに、眉を寄せて苦しそうにしている。  俺はさっき早瀬にされたように胸の突起に舌を這わせる。  そして両手で包んだものをゆるゆるとしごいた。 「れ……んっ……く」  苦しそうに耐える色っぽい喘ぎに、俺の胸も苦しくなる。 「早瀬ぇ……」  堪らなくなって自分からキスをする。  すぐに早瀬の舌が俺の口の中を犯す。さっきよりも性急でそんな早瀬に感じて背筋がゾクゾクする。 「いきなりだから我慢しようと思ったけど」  唇が離して早瀬が言う。 「やっぱ無理。お前ん中、入りたい」 「……?」 「蓮のこと絶対、傷付けないようにするから」  早瀬は鞄からチューブのゼリーを取り出した。 「なんでそんなの持ってるんだよ……」 「そんだけ真剣だったの。この旅行は」  しれっと言ってのけ、それを俺の後ろにたっぷりと塗りつける。 「ふ………っんん……」  冷たい感覚に身体が勝手に震えた。  早瀬の指はそのまま留まりゼリーを指に絡みつかせる。ヌルヌルとした指はちょっと動かせば中まで入りそうで、でも入ってこない。 「早瀬ぇ」  俺の中はまだ何もされていないのに奥の方がジンとした痺れを訴えている。そんな感覚は自分でも、知らない。 「俺の上にまたがってみて」  そう言われて、早瀬の上に乗ると上半身を引き寄せられて倒れた。早瀬の上に腰を浮かせた状態で馬乗りになりキスをする。  早瀬の指はその間も入り口を捏ねるように行き来している。  そのもどかしさに、いっそ中まで入って欲しいとさえ思ってしまう。 「早瀬、早瀬ぇ」  知らぬうちに自分から腰を擦り付けるように、あさましく動いている。早瀬の口元が歪んで湿った赤い舌で唇を濡らすように舐めた。  そして早瀬の指が俺の中にゆっくりと侵入してくる。充分な滑りのせいで、違和感はあっても抵抗なく入ってきてしまう。 「あっ……あ、ああ……っ」  早瀬の指が探るように、中で蠢く。クチュクチュといやらしい音で耳からも嬲られているようだ。  指を増やされて、きつく感じてもやっぱり抵抗なくそこは飲み込んでしまう。  やがて、その指はさっきから疼いている場所を的確に犯す。俺が反応すると執拗に。 「や……ぅん……さっきから、そこ、ばっかり……もダメ、早瀬。あ、はぁ……っ」 「ダメって反応じゃない」 「ダメ……だよ、おかしくなりそう……えっ」  早瀬がいきなり起き上がる。上にいた俺はあっという間に押し倒され早瀬に見下ろされている。 「おかしくなったとこ見たい」 「や、だ……」 「ちゃんと俺の目見て」  早瀬の声が催眠術のように抗いがたいものとなって響く。  そのまま早瀬のものをあてがわれてゆっくりと腰を推し進められた。指とは比べものにならない存在感に俺は息ができなくなる。 「息止めんなよ」  早瀬は身を屈めて俺の額にキスを落とした。そして、いつの間にかまたいやらしい雫を滴らせる俺のそこを握った。  それをしごくと同時に腰を更に深く沈め、俺はそれを全部飲み込んでしまう。  両方を一度に責められて、俺の頭の中が真っ白になる。 「お前の中、熱い。やばいくらい絡みついてくる。気持ち、良すぎ」 「そん、な……あ、あ、っ。やあ……んっ」 「さっき、良かったとこ、ココ?」  早瀬が浅い所を狙って腰を動かす。 「んっ……ん。そこ、ダメ……っあん。ああっ」 「蓮──また、イク?」 「ん……もうい、ちゃう。…っ、気持ちい……早瀬ぇ」 「俺も、もう限界」  堪えるような苦し気な声と共に早瀬の動きが激しくなり、俺と早瀬の熱い液体を内と外からほとんど同時に感じた。  その後、俺たちはもう一度露天風呂に入り直した。 「いくらでも拝ませてやるから、もうのぼせるなよ」と念を押されて。  汗が引くのを待つ間、窓際の椅子に並んで座り涼んでいる。  ほんの数時間前、夕日が沈むのを二人で眺めていた時は、こんなことになるなんて想像もしていなかった。  早瀬は予想していたのかもしれないけど。  もう、早瀬を見つめることに罪悪感を感じなくていい。  早瀬を好きだという気持ちを責める必要もない。 「早瀬ありがとう」  俺を好きになってくれて。 「なんだよ急に」  早瀬は言ったがそれ以上深く追求はされなかった。  代わりに引き寄せられて口づけられる。  早瀬の舌が俺の唇を優しく割って入り込んでくる。それに応えて絡ませ互いに求め合う。  湿った水音が口から漏れて静まり返った部屋の中に、卑猥に響く。さっきしたばかりだというのに、また体の芯が痺れてくる。  堪らなくなって早瀬の首に腕を回して縋り付く。 「早瀬ぇ」  すると急に早瀬は急に体を離して、正面から両肩を掴み睨むように俺を見据えた。 「な、何」 「思い出した。朝比奈、お前、俺のいないとこで酔っ払うなよ?」  怖いくらい真剣な顔をしている。 「うん。でも俺がそんなに飲まないの知ってるだろ?」  早瀬の前で酔っ払った事すらないはずだ。 「お前、自分じゃ知らないと思うけどさ、酔うと今みたいな声出すんだよ。絶対、他の奴らに聞かせんじゃねえぞ」 「嘘……何、俺いつ、そんな……」  全然記憶にない。 「だから、分かったな」  一方的にそう言うと俺が呆然としているのも構わず、早瀬はまた強引にキスを再開した。  そのまま縺れ合いながら布団に連れて行かれて、もう何か考えている余裕なんてなくなった。  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  結局、(いまし)めだの誓いだのと言って俺は俺の中に壁を張り巡らせ、そこへ逃げ込んでいただけだ。  それをあっさり早瀬が乗り越えて来て、それはあの日海で作った砂の城みたいに崩れて無くなった。  過去の失恋は、もうただの思い出だ。  そんな風に思える日が来るなんて、思ってもいなかった。 「ヒーナちゃーん、こっちー」  春木先輩の、のんきな声が俺を呼ぶ。  食堂で待つ友人達はまた他愛のない会話で盛り上がっている。 「よう」  先に来ていた早瀬が当たり前の様に隣の席のイスを引く。 「うん」  早瀬は最初からずっと真っ直ぐに俺を好きでいてくれた。最初は友情で、愛情に変わっても自分に嘘をつくことなく。  俺がそれに気付きながら、目を背けていただけだ。 「お前らさぁ、先週二日も休んで二人だけでなに楽しいことしてたんだよ」  席に着くなり大倉が吠える。 「そうだよ、なにしてたのー。ずるーい」 「一緒に居たとは言ってねえだろ」  早瀬がポーカーフェイスでうそぶく。 「ほんとか?ヒナ」 「え?あ、うっ、うん」  早瀬みたいには平然とできず、少しどもってしまうのが情けない。 「絶対ウソだよねー」  怪しいものを見る目つきで春木先輩が首を傾ける。 「ぜっっったい、ウソだな」 「お前らには関係ないだろ」  なんでもないように早瀬が援護してくれるが、 「はやせ、やらしいぃー」  春木先輩にそう的外れでもない言い掛りを付けられる。  思わず顔が熱くなった気がしたが、無視してうどんを啜ってやり過ごす。 「なんか、ヒナ顔赤くなってね?」  ぐふっ、とうどんが喉に詰まった。 「絶対なんかあったんだ。白状しなよー」  早瀬がむせ返っている俺の背を軽く叩きながら、 「しつこいよお前ら」  とあからさまに嫌そうな声で言う。 「そうだ、また旅行いこうよ!そこでたっぷりねっちり話、聞いてあげる」 「聞いて欲しくねえし、お前らと旅行はもうごめんだ」  早瀬がうんざりした声を上げる。  俺も同意だ。顔を見合わせてクスっと笑う。  食堂から見える外は、冬枯れの木立(こだち)に柔らかく暖かな日差しが差している。  そうだ、またあの海に行きたい。  もちろん早瀬と。  もう泊まりは勘弁だけど、日帰りでアルコール禁止なら、このうるさい友人達が一緒でも楽しそうだな──窓の外を見ながら、そう考えた。

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