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第1話

 その男と再会したのは真夏の夜、酒で火照った身体を冷まそうとベランダに出た時だった。あれは確か日付が変わって暫く経った頃で、意味も無く煙草をふかしていたら向かいの家のベランダからあの男が出てきたのだ。  狭い裏路地を挟んだ真向かいのカーテンが開いてあなたが出てきて、どんなに俺が驚いたか。あなたは相変わらず無表情で静かに目を合わせてきて、俺はあなたが誰だか気付かないような振りをして紫煙を吐き出す。肺を満たすことなく空に消えた煙で、あなたの姿が少しでもぼやければ良いと。 「久し振りだな、嵩目(かさま)」 「……どちら様でしょうか?」 「ピアスを忘れていっただろう、今から渡しに行っても良いか?」  相も変わらず人の話を聞かない男は言うだけ言ってカーテンの奥に引っ込んだ。  ピアスなんてもう5年は着けてないのに、何を言ってるんだろう。このまま無視して部屋に戻っても良いけど……そしたら直接家まで訪ねて来そうだな。やめておこう。  男は一分も経たずベランダに戻ってきた。 「最後に部屋に来た時に着けていたものだ。見えるか?」 「……──あぁ、それですか」  夜陰の中で銀のピアスが月明かりをきらりと反射する。確か、青いガラス玉が幾つか並んでたやつだろう。遠目に見える小さなそれに、今は塞がったピアスホールがじり、と疼いた。 「まだ持ってるとは思いませんでした。よく捨てませんでしたね──10年も」  目の前の男と離れてから、まだ10年。二度と会うつもりも会えるとも思っていなかったのに、今はこうして顔を合わせて言葉を交わして。しかも俺の忘れ物を後生大事に持ってたなんて、あぁもう本当にやめてほしい。 「待っていた、嵩目からの連絡を。お前が私に会いたくないとしても、10年でも100年でも待つつもりだったよ」 「……」 「嵩目、今からそっちに行っても良いか」 「…………」 「鍵は閉めてくれるなよ」  押し黙る俺をいい事に了承と解釈した男は、先程と同様さっさとカーテンの奥に戻ってしまった。    ニコチンをゆっくり深く肺に満たして、満たして、くらりと血管が狭まったところで薄い煙を吐き出す。膝や背筋から崩れ落ちそうな倦怠感に身体が支配され、ベランダの手摺へくったりと頭を預けた。 「会いたくないわけ、ないでしょ、せんせ」  連絡先が書かれた紙はとっくの昔に燃やしてしまった。未練を断ち切るため、なんて言っても、今でも番号は空で言えるけど。  背後でガラリと窓が開かれた。

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