323 / 1000
決勝戦前夜⑦
初戦が終わってから、直倫は自分を厳しい環境に置いてもらえた。監督の許可も下りて、先輩の智裕が打撃投手を務めてくれた。
決勝の相手は聖斎学園のエース、直倫の兄である赤松直能を想定した。なので智裕が直倫に向かって投げる球は速球が中心だった。
だが智裕のストレートは並大抵のものではなかった。
初めて打席に立って体感した直倫は戦慄し、震えてしまった。
「今の……打てるんですか?」
思わずそう訊 ねると、キャッチャーの清田に冷たくあしらわれた。
「今の打てねーとお前にホームランなんか無理だから。そんなんで膝が笑ってんじゃ、決勝は無理だろ。」
それが現実だった。直倫はその言葉で絶望せず、もう必死になるしかなかった。
「俺のマックスこんくらいなんだけどー、何キロだったー?」
「今ので148だよー。もうちょいイケるでしょ?」
「無理ー!腕死ぬー!」
(今ので…150km/hを超えてないのか……。)
「でもな、お前の兄貴もこんなもんだ。」
「え…。」
「松田は技巧派だ。カーブ以外の変化球は精密で直球も速く見える。なんでかわかるか?」
「いえ…。」
「松田は球の回転数が圧倒的に多いからだ。お前の兄貴は速球を投げられるが、回転数は平均的。松田は平均より秒速でプラス10回転はある。だから体感では実際の球速プラス5キロになる。」
「そんなにですか。」
「それに回転数が多い分、詰まってしまう。だから兄貴からホームランを打ちたいなら松田の全力ストレートを柵越えさせろ。」
清田はキャッチャーミットで直倫の腰を叩いて鼓舞した。
それから直倫は何度も、何度もバットを振った。
県予選でも振り遅れないように、しっかりストライクを狙って意識した。智裕の球に比べたら止まって見えるようだった。
だがホームランは打てなかった。
ともだちにシェアしよう!

