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決勝戦前夜⑦

 初戦が終わってから、直倫は自分を厳しい環境に置いてもらえた。監督の許可も下りて、先輩の智裕が打撃投手を務めてくれた。  決勝の相手は聖斎学園のエース、直倫の兄である赤松直能を想定した。なので智裕が直倫に向かって投げる球は速球が中心だった。  だが智裕のストレートは並大抵のものではなかった。    初めて打席に立って体感した直倫は戦慄し、震えてしまった。 「今の……打てるんですか?」  思わずそう(たず)ねると、キャッチャーの清田に冷たくあしらわれた。 「今の打てねーとお前にホームランなんか無理だから。そんなんで膝が笑ってんじゃ、決勝は無理だろ。」  それが現実だった。直倫はその言葉で絶望せず、もう必死になるしかなかった。 「俺のマックスこんくらいなんだけどー、何キロだったー?」 「今ので148だよー。もうちょいイケるでしょ?」 「無理ー!腕死ぬー!」 (今ので…150km/hを超えてないのか……。) 「でもな、お前の兄貴もこんなもんだ。」 「え…。」 「松田は技巧派だ。カーブ以外の変化球は精密で直球も速く見える。なんでかわかるか?」 「いえ…。」 「松田は球の回転数が圧倒的に多いからだ。お前の兄貴は速球を投げられるが、回転数は平均的。松田は平均より秒速でプラス10回転はある。だから体感では実際の球速プラス5キロになる。」 「そんなにですか。」 「それに回転数が多い分、詰まってしまう。だから兄貴からホームランを打ちたいなら松田の全力ストレートを柵越えさせろ。」  清田はキャッチャーミットで直倫の腰を叩いて鼓舞した。  それから直倫は何度も、何度もバットを振った。  県予選でも振り遅れないように、しっかりストライクを狙って意識した。智裕の球に比べたら止まって見えるようだった。  だがホームランは打てなかった。

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